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ライバル  作者: 宮澤花
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2 武術の極意 -2-

 と思ったら先生はヤツの傍にかがみこんで、胸の下と手首の拘束にナイフで軽く切れ目を入れ、パッとヤツから離れる。

「ちょ……なんだよ、どういうつもりだよ?」

 椅子の下に放置されるヤツ。

「お前は、しばらくここで反省しろ、カズヒト」

 先生は厳粛な声で言った。

「この……反省室でな!」

 そう言って俺を部屋から押し出す。ヤツの聞くに堪えない罵声が後ろから聞こえてきたが、先生は後ろ手にドアを閉めた。そしてガシャッというカギの閉まる音が。

 いや待て。この部屋に鍵なんかあったか。そして反省室って何だ。ここは客間だろ。


「先生?」

 目顔で説明を促す。

「うむ。先程、監禁用の扉に取り替えておいたからな。この錠は中からは開けられん」

 俺は口をあんぐり開けた。監禁用の扉って何だ。

「何を意外そうな顔をしている。何のために、私の曽祖父がわざわざこんな洋館を建てたと思ってるんだ」

 何のために、って。フツウに洋館の方がカッコいいからとかじゃないのか?

「和式の建築より、洋式の建築の方が人を監禁するのに向いているからな」

 何口走ってるんですか先生! そして、俺は先生について行っていいんですか先生!!


「先生。監禁は犯罪です」

 いや、拘束の時点で犯罪だったのだが。

「こんなことはすぐにやめて下さい。警察が来たら、俺は先生に不利な証言しか出来ません」

 説得を試みる。

「何、別にこのまま衰弱死させようとか、家族から身代金を取ろうと思ってるわけじゃなし。ちょっと反省を促すだけだ」

「ちょっと反省を促すだけって」

 計画的な犯行にしか見えないんだが。

「だいたい、反省室ってなんなんです。反省室って」

「何だ、知らんのか。人に反省を促す時には、反省室に三日三晩閉じ込めるのがそばかすなんて気にしない主人公の活躍する少女マンガの時代からのお約束だろうが」


 そして『えへ』とか笑う先生。

 いや……俺が生まれる前のマンガの話をされても。そして何で俺がそれを知ってるかと言えば、先生の愛読書で、強制的に読まされたからだが。

 ていうか、三日三晩も監禁する気ですか先生! もう疑問の余地なく犯罪ですから!

 そして、どこまで笑って済ませる気ですか! 五十代女子の笑顔では済ませられない範囲になってますから!


「先生。冗談はともかくとして、アイツ本当にどうするんです」

 俺は聞いた。先生は肩をすくめる。

「頭が冷えた頃に出すさ。それにしても」

 考えるようにあごに手をやる。

「甘ったれた金持ちの坊ちゃんの不良ゴッコ程度かと思っていたが。あれは本物だな。今にして思えば、私の申し出に両親も渡りに船という感じで息子を押し付けてきた。あの時点でおかしいと思うべきだったな」

 先生さあ。ホント、頼りになるのかならないのか分かんねえな。


「まあ、アイツの詳細についてはメールで家族に問い合わせておこう。言い逃れはさせん、ありったけ吐かせてやるから安心しろ。……と」

 そこで先生は、俺の目に気が付いた。

「どうした、康介。他にも何か言いたそうな顔をしているな。文句があるのか」

「あるに決まってますが」

 ないと思う方がおかしい。


「それだけではなさそうだな」

 俺は黙り込む。先生は俺の目をしばらく見てから、ため息をついた。

「また入門の話か。弟子は取らないと、さんざん断ったはずだが」

「アイツは何なんですか」

 俺は食い下がる。

「アイツは良くて、どうして俺はダメなんです」

「アレはまあ……」

 先生は、決まり悪そうに頬を指でかく。

「なんというか、気の迷いだ」


「先生。俺は段位を取りました」

 俺の言葉に先生は、

「良かったな。良く精進した」

 とうなずく。だが、それだけだ。

 俺は先生の視線を逃すまいと、まっすぐに相手を見たまま言う。

「もう、弱すぎるからダメだとは言わせません。俺、本気です。本気で下天一統流を身に着けたいんです。お願いします、俺を弟子にしてください」

「ダメだ」

 返ってくるのは、いつもと同じ一言。

「下天一統流を後世に伝えるつもりはない。諦めろ」


「だったら!」

 俺は声を張り上げた。

「腕を見てから言って下さい」

 先生はしばらく俺の顔を見て、困ったようにため息をついた。

「そういう問題ではないのだがな。だが、言って聞かせただけでは止まりそうもないな。良かろう、道場で待っていろ。メールを打ってから行く」



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