2 武術の極意 -1-
その後、俺と先生の二人がかりでソイツを奥の客間に運んだ。もちろん椅子に縛りつけたままで。
ヤツは、
「これのどこが一般家庭なんだよっ! 話を聞くって言ってるだろ、どこの組織かハッキリ言えよ! 金目当てなの、なんなの!」
とかずっと喚いており、俺も聞いたことのあるようなテロ組織の名前をいくつか口走っていたが、先生はガン無視。俺からも言えることは何もないので、黙っているしかない。
しかし『これのどこが一般家庭なんだ』というツッコミには激しく同意する。どう考えても、この状況はオカシイ。どこから是正したらいいのか困るくらいにオカシイ。ツッコミどころがありすぎて、もはやどこからツッコんでいいのか分からん。
先生は怒り心頭に達しているらしく、俺がなだめようと声をかけてもガン無視される有様。仕方ないので、とりあえず先生の指示に従うしかない。
客間の前にたどり着くと、廊下には壊れた人形や破かれたポスターが山のように積んであった。
これがコイツの狼藉の痕か。先生が激怒するのも無理はない。壊された人形は十体や二十体じゃきかない。人の形をしているだけに、首がもげたり腕がへし折れたりしたヤツが山積みになっている様は、見ていて気分が悪くなる。
この状況を見てしまうと、先生も先生だがコイツもコイツだ、と思ってしまう。
「康介。中に運ぶぞ」
そう言って、前を行く先生が客間の中に入る。
部屋は散らかっていた。そこら中に服だの本だのが散らばっているし、ベッドは寝て起きたままで乱れているし。俺が顔をしかめているうちに、先生は部屋の真ん中でヤツを下ろすように言った。
椅子の背を上に、うつぶせの形でヤツを床に置く。
「康介」
先生が言った。
「ソイツの親指の付け根を押さえつけろ」
何ですと?!
これだけでも相当アレなのに、更に俺に何をさせる気ですか、先生!
「早く。ああ、いい。私がやる」
先生はそう言って。後ろ手に手首の部分を縛られているヤツの手の、親指の付け根を押さえつける。
「痛っ! 痛い、ヤメテよ、折れるう!」
ヤツが悲鳴を上げる。
いやちょっとコレ。拘束した少年を拷問とか、更に洒落にならない状況になってねえ?
「気にするな。大げさに叫んでいるだけだ」
と先生はサラリと言うが。
「大げさじゃないっ! ホントに痛いんだってば、離せよ、このババア!」
とか言うから、更に先生の指に力がこもるし。
悲鳴と怒号が激しくなる。先生は全く平静に、
「康介。親指を拘束している針金を緩めろ」
と俺に指示した。
俺は少しホッとした。そういうことなら、と針金に手をかける。……のはいいんだが。
先生、丹念に針金をより合わせすぎていて。外すのが、えらく大変だ。
「まだか。不器用だな」
先生は呆れたように言うし。ヤツはギャーギャーうるさいし。
「そんなこと言ったって、こんなの簡単に外れませんよ!」
俺も腹立ちまぎれに怒鳴り返す。
「すぐに外すなら、こんな拘束することなかったじゃないですか!」
「そうだな。私もさっきは怒り心頭に達していたものでな」
サラリと言う先生。いや。そんな理由で簡単に犯罪行為に手を染めないでください、頼むから。
五分以上悪戦苦闘して、ようやく針金はゆるんだ。ヤツの親指には、針金で拘束されていた跡がくっきりとついている。痛かっただろうと思い、いたわりの声をかけようとしたら、
「仕事遅いな! こんなことに何分かかってるんだよ、このマヌケ!」
と罵声を浴びせられ、言う気がなくなった。
繰り返すが、先生も先生だが、コイツの性格にもかなり問題あると思うぞ。
「よし、離れろ康介」
先生に声をかけられ俺はヤツから離れる。先生も指を離した。それから。
「せ、先生!? 何ですか、それは?!」
先生は、ヒラヒラフリルのスカートの陰から取り出したサバイバルナイフを高々と振り上げた!
俺も青くなったが、椅子の下で這いつくばったまま、無理な姿勢で見上げているアイツの顔にも恐怖の色がよぎった。
殺人は、ダメ! やめて下さい、先生!




