1 拘束から始まる物語 -5-
「そんなに痛いのか?」
俺はつい釣りこまれて聞いてしまった。
「痛いよ。指がちぎれそうに痛い」
ヤツは訴える。
「分かった、仕方ない。少し緩めてやる」
俺はヤツの後ろに回った。
「悪いね。助かるよ」
かがみこんで、ヤツの手元を見る。
男にしては華奢な白い細い手の親指に、太い針金がグルグル巻き付けてあった。まったく、先生にも困ったものだ。どこで覚えて来たか知らないが、やはりこういうことは人倫に反する。
緩めてやるだけのつもりだったが、親指の拘束は外してやってもいいかもしれない。ロープで椅子に縛りつけているだけで、十分犯罪だ。
針金に手をかけた時。
「そこまでだ」
先生の声がした。
「甘いな、康介。人道的措置もいいが、相手を見てやれ」
言いながら部屋に入ってきた先生は、ピンクのボンテージではなくなっていた。
しかし、今度のお召し物には、山のようなレース。髪にもレースのリボン。いわゆるゴスロリ風のワンピースである。しかも、色はピンク。さっきのボンテージが目に突き刺さるようなショッキングピンクだったのに比べれば、今度は春風のような優しい淡いピンクなのだが。
どっちにしても似合ってねえよ、先生。
先生は、武道をたしなむだけあって姿勢が良く背も高いので、フツウの服を着てくれれば、そこらの同年代の女性より美しいと思うのだが。残念なことに、ファッションセンスが壊滅的なのだ。
とにかく若い女性が着るような服をやたらに着たがる。色はピンクが好きだ。
人にどう思われようが自分の道を貫く。そんな先生のことを俺は尊敬すべきなのかもしれない。
だが。実際のところ目のやり場に困るよ、先生。悪い意味で。
「カズヒト。私の家でこれ以上の狼藉を許す気はないぞ」
言いながら先生は前に出た。レースのリボンがヒラヒラする。
「コイツの目を潰すくらいは出来ると思ったんだけど」
カズヒト、と呼ばれて。ヤツはクスクスと笑った。
何だ、それ。どういうことだ。俺がとまどっていると。
「康介。人間の爪は武器だ。親指を突き出すだけでも眼球を傷付けることは出来るぞ」
先生が固い声で言った。
俺はまだ事態がつかめない。先生とコイツは何の話をしてるんだ? 何でタチの悪い冗談を言ってるんだ。
「それで。ここはどういう場所なわけ?」
ヤツは唯一自由になる首を動かして、部屋の中を見回した。
「日本は平和で、実戦を積んだ武装組織なんてないって聞いたけど。そんな天国みたいな場所、あるわけないよね。やっぱり、来てみればこういう人たちはちゃんといる。そっちのヤツはてんでダメダメだけど、おばあちゃんはそれなりに顔がきく人なんでしょ? そろそろ、どうして僕をここまで連れて来たのか、本当のことを教えてほしいなあ。僕、こう見えても話は通じる方なんだよ」
そう言ってニッコリ笑った。華やかと言っていい笑顔だった。
しかし、そんなことより。
俺は戦慄していた。この野郎、あれだけ警告してやったのに。言ったな、あの一言を。
「私のことは、山城さん、もしくは真理子ちゃんと呼ぶように何度も言ったはずだが……?」
うわあ。怒ってる。ものすごく怒ってるぞ、先生。
「教えてやろう! ここは、武装組織のアジトなんて物騒なものじゃない! 花も恥じらう五十代独身女子のひとり暮らしの女の城だっ! お前を連れて来たのは、ちょっとばかり見てくれが良かったからだ、このクソガキがっ!!」
怒号と共に、先生渾身の回し蹴りが炸裂! ヤツは椅子ごと一メートルくらい吹っ飛んだ!
先生……。そんなことしたら、コイツ死ぬから。
そして先生。
フツウの独身女子は、狼藉者をロープで拘束した上に回し蹴りを食らわせたりしません。
武装組織のアジトというヤツのとんでもないカン違いも、あながち否定できない気分になってしまうのが何とも複雑だった。




