1 拘束から始まる物語 -4-
「行った?」
俺の胸の辺りから声がした。
見下ろすと、てっきり気を失っていると思っていたヤツが椅子に縛りつけられたまま茶色い目を見開いて俺を見ている。改めて見ても、やっぱりキレイな男だ。
「起きていたのか」
俺は少し気後れしながら言った。さっき、挨拶もせずにやり合った相手と、どんな会話をすればいいんだろう。
「ちょっと前にね。起きた時には、もう身動き取れなくされてたけど」
ヤツは悔しげに唇をかむ。何だか子供っぽい表情だった。
「あのおばあちゃん、何なんだよ。反則だろ、アレ」
反則がどの部分を指しているのかは分からないが。それより俺にはツッコむべきところがあった。
「おい、お前」
真剣な顔で忠告しておく。
「先生はまだ五十代前半だ。決して、先生の前でそんなことを言うなよ」
俺まで巻き添えで命を落としかねないから、これは本気だ。
ヤツはそれを聞くと、キレイな顔を歪めて。
「知らないよ、そんなこと。五十過ぎた女なんて、ババアだろ。それにあのおばあちゃん、気色悪いし」
と言い放った。なんて暴言を! 命知らずなヤツだな!
「それよりさ。ね、ちょっと、アンタ」
俺の驚きには構わず、ソイツはなんだかねちっこい口調と視線で話しかけてきた。
「これ、はずしてくれないかな。聞いてたよ。アンタはこんなことに反対なんだろ?」
体を動かしてみせる。先生がギチギチに縛りつけているので、ほとんど身動きできない様子だ。
「ね。痛いんだ。頼むよ」
確かに、こんなことには俺は反対だ。どう見たって犯罪以外の何物でもないし、コイツが変にキレイな顔をしているのがまた何とも言えない犯罪感をかもし出すというか。
「ねえ?」
だが俺は首を横に振った。
「ダメだ。先生の許可なしにお前を解放できない」
「何でだよ」
途端にヤツは、不満そうな声になる。
「何。アンタ、あのおばあちゃんの言いなりなの。そんな下っ端なんだ?」
挑発するような口調。
違う。俺は必要だと思ったら、先生の言い付けだって破るだろう。
だけどコイツの媚びたり煽ったりするような、俺を意のままに動かそうとするような、そんな口調と目付きがただ気に食わなかったのだ。
「何だよ。情けないな。チキン野郎」
俺が思い通りに動かないと分かったのか、ヤツは俺を罵る。ええい、うるさいヤツだな。
「黙れ。話なら先生としろ」
俺はヤツから目をそらした。何かコイツ、むやみに腹立つ。顔を見ていると殴りたくなってしまいそうだ。
「だいたい、元はと言えばお前が悪い。どうして家の中の物を壊したりした。客なんだろう」
「え。だって、気持ち悪いから」
ヤツはサラッと言った。端的だな! そしてハッキリ言うな!
「気持ち悪いよ。そこら中に山ほど人形はあるし、ヘンなポスターは山ほど張ってあるし。呪いの館みたいじゃない」
「確かにそれはそうなんだが」
思わず同意してしまった。
「だからと言って、破壊していいということにはならないだろう。それにな、男の俺たちには理解不能でも、先生にとってはアレは全部、宝物なんだ」
「そんなこと知らない。そんなに大事なら、ちゃんとしまっておけばいいんだ」
ヤツはすねたように言った。
「僕はちゃんと言ったよ。気持ち悪いから、コレどっかにやって、って。なのに、あのおばあちゃんが聞いてくれなかったんだから、アッチが悪いだろ」
「お前なあ」
俺は呆れて言った。
「そういうのを、盗人猛々しいと言うんだ」
「何ソレ。何言ってるのか、分からないね」
振り返るとヤツも俺からそっぽを向いている。なるほど、不愉快なのはお互い様というわけか。
「ねえ。ホントにこれ、何とかしてよ。こんなにされたら、親指が腐って落ちちゃう」
え? 俺は思わずヤツの顔を見直してしまう。
先生、そんなに強く拘束しているのか。壊死というのは、どのくらい血流が止まっていたら起こるんだろう。親指の拘束だけでも、解いた方が良いのだろうか。




