終章 NEVER -6-
「まあいい」
俺はため息をついて、自分を落ち着かせる。
「ほら。握手だ、握手!」
ヤツの手を取って強引に握手する。こっちを見ているツボタの茶色い目を見返す。
これから、ちょっと恥ずかしいことを言うから。ひと息吸って、気合を入れる。
「ええと、あのな。お前の望みがかなうよう、俺はできるだけ協力する」
俺は言った。
「これは俺の勝手な考えだから、お前は気にするな。殺されかけたことだって俺は気にしてない。あれは俺が未熟だっただけのことだ。まあ、お前が気にするのはお前の勝手だが。俺は俺で勝手に恩を返させてもらう」
ツボタの目が、また丸くなり。
知らない言語で話しかけられたように、眉間にしわが寄る。
「何ソレ」
「とにかく! これから、よろしくな」
そう言って俺は手を離し、一方的な宣言を一方的に終わりにした。
「で、お前。人形を補修しないなら、ちょっと外に来い。さっそく稽古をつけてやる」
そう言って背中を向け、返事も聞かずに部屋の戸口に向かう。
扉のところでちょっと振り返ると。
「まだ……何も言ってないんだけど」
ツボタは不服そうな表情をいっぱいに浮かべて、こっちを見ていた。
「何ソレ。自分勝手だな」
「悪いか。お前に言われる筋合いはねえよ」
言い返すと。
ツボタは視線を落として、じっと自分の右手を見る。
そのまま。
まあ、いいか。と呟いた。
「一日中、人形の修理とかやってられないもんね」
そうしてヤツは軽やかな身ごなしで立ち上がり、ほんのちょっと口許を緩めて俺のいる方へ歩き出した。
それを確かめて、俺も先に立って部屋を出る。二人でやる初めての修行。それが始まるんだ。
道場で向かい合う。
緊張するな。何しろ、単純に戦闘能力で言えばヤツの方が上だ。
「じゃあ。教えろと言われているのは受け身と型の稽古だが、まずはお前の身体能力を確認したい。軽く手合わせをさせてくれ」
ツボタは退屈そうに肩をすくめる。
「そんなの。もう決着はついてるじゃない」
「勝ち負けの問題じゃねえ! お前の実力を見せろって言ってんだけだ!」
何でコイツといると俺はわめき散らしてしまうのか。
学校では『高原くんは落ち着いている』と言われる方なのだが。
「とにかくどこからでもかかって来い! 本気で来ていいからな!」
と言うと。
「分かった」
とツボタは面倒くさそうにうなずいた。
で。身を翻したと思った瞬間。
いきなりヤツの顔が目の前にある。伸ばした指先が、俺の目に向けてまっすぐ伸びる。
「うげえ!」
咄嗟に自分からバランスを崩して転がり、よけた。
「ああ。意外といい反応だね」
とか言ってやがるツボタ。何で俺が身体能力はかられてんの! 立場が逆になってるんだけど!
「何考えてんだ! いきなり目玉狙ってくるかフツー?! 怖すぎるわ!」
猛抗議する俺。
ツボタは肩をすくめる。
「え、だって。本気で来いって言われたし」
「それは美しくもゆかしいたとえ言葉だろうが。ここはお互い、相手の実力をはかるところだろ! いきなり殺そうとすんな!」
ホントつくづく戦場思考だな、コイツは!
「えー。何か、メンドくさいなあ」
お前が言うか、このメンドくさいキングが。お前にだけは言われたくないわ、そのセリフ!
とりあえず、今は俺が師匠役であること。なので師匠を殺そうとするなということ。
その二点をヤツの頭にたたきこむ。
「じゃあ、いいか。型の稽古に入るぞ。俺の動きを真似しろ」
「何ソレ。何の意味が」
「無駄のない動きを体に覚え込ませるんだよ!」
そんな調子でヤツは全然やる気がない。
コイツに空手の動きやら、受け身やらを教え込むのは本当に難事業で。
気が付くと型も何もない、ただの殴り合いになってたりもするのだが。
「楽しそうなことだな」
様子を見に来た先生が呆れたように言う。
「男というものは理解しがたい」
おーい、先生。
男だからってくくりはやめてくれ。コイツと一緒にしないで!
理解しがたいのはコイツだけですから!
俺は、ごく普通の常識的な男子高校生です!
そんなわけで。俺とツボタのおかしな付き合いはこんな風に始まった。
ツボタは今も先生のところに住んでいて、昼間は人形を補修し、俺が学校から帰ってくると一緒に稽古をする。そんな毎日だ。
稽古してるのかケンカしてるのか、分からなくなるのも毎度のことだが。
まあ、それでいいのかも。コイツはやっぱりライバルだから。
兄弟弟子なんてそんなものだ。
ツボタは相変わらずヘンだし、危ないし、思考回路はオカシイし、メンドくさいヤツだし。
下天一統流はやっぱり、どこまで行っても人を倒すための武術でしかなくて。
それを学ぶことが俺たちの未来にどんな意味があるのかなんて、分からないままだけど。
それでも拳を交わし合い、たわいないことで怒ったり笑ったりする、そんな毎日が。
どこかにつながっていないはずはない。
俺は、そう思うのだ。




