終章 NEVER -4-
ていうか。そんな話をしに来たんじゃないんだよ。
コイツの言動がヘンすぎて、ちっとも本題に入れないじゃないかよ。
俺は咳払いして、その場を仕切り直す。
「あー、その。今、先生から話があった。俺を、弟子にして下さるそうだ」
ツボタは、大きな目を一回だけまばたきする。
「ふうん。それが?」
素っ気ない口調。
「あ。良かったね?」
知らん顔してやがる。
「じゃなくて!」
俺はツボタの目をまっすぐに見る。
「先生から聞いた。お前が口添えしてくれたそうだな」
いや、口添えだったのか巻き添えだったのか、ちょっとビミョウなのはともかくとして。
「俺はずっと、この日を待ち続けていた。望みがかなって本当に嬉しい。お前には感謝している」
深く頭を下げようとした、その脳天を。万力のような力で鷲掴みにされた。
いて! いてえ! 何すんだ。てめえ、握力幾つだよ、この野郎! つくづく馬鹿力だな、女みたいな顔してるくせに。
「僕に頭なんか下げるな」
低い声でツボタは言った。どうやら、この狼藉は俺に頭を下げさせないようにしてるらしい。他にやり方はないのか。
「何だそれ」
俺は呟く。いや、いろんな意味で。
「弟子入りするのは俺の長年の夢だったんだ。礼を言って何が悪い?」
ヤツの顔を見ようとして。
人の頭を握りつぶすような勢いでつかんでる力に逆らって、なんとか顔を上げてみる。ツボタは俺から視線をそらした。
「だから。これでお互い様なんだよ」
「はあ?」
何言ってんの、コイツ。
あと、痛いです。いい加減に離してくれ。
「僕も聞いた。アンタ、僕が熱で寝込んでた時、わざわざ探しあてて様子を見に来てくれたって?」
ツボタの視線がこっちに戻ってくる。冷たい光が正面から俺を射る。
「バカじゃないの? 僕はアンタを本気で殺そうとした人間なのにさ」
その言い方が、無性にムカついた。
「ああ? 誰がバカだ!」
俺は頭を押さえつけられたまま、ヤツに食ってかかる。
「言っとくけどな、俺は! お前みたいなアンポンタンに殺されるようなマヌケじゃないんだよ!」
「はあ?」
ツボタの眉が上がる。
「アンポンタンって何さ?」
「知らないなら教えてやる。お前みたいなヤツのことだよ!」
あと、ホントいい加減離して。痛いから、マジで。
それから、俺はふと気付いた。
「何だお前。まさか、それを気にして先生に俺のことを頼んでくれたのか?」
それは。なんて言うか、意外な。
俺の言葉を聞いた途端、ツボタの白い顔が首筋までキレイなピンク色に染まった。
あんまりそれがいきなりだったので、俺はひどくびっくりする。
「違うよ!」
ツボタは慌てたように主張する。俺から目をそらす。
「アンタが……おばあちゃんに人形を渡してくれて、それで僕は許してもらえたんだろ? 借りを作ったままなんてごめんだから。それだけだ」
耳まで真っ赤になってるし。
まるで照れた子供みたいな表情で、意地でも俺を見ないって感じでブツブツ言っている。
それを見ているうちに、俺は。
そう言えばコイツ。いつも自分の心の内を言う時は、恥ずかしそうに目をそらすんだって思い当たった。
そして、それはいつも。
冷たい瞳で話す時とは裏腹の、弱気で頼りない、どうしようもないものだったりするんだ。
「お前……」
俺は、呟いた。
コイツって。
俺を殺そうとしたヤツだし、今までに人を殺してきたヤツだし、これからも必要と思えば人を殺そうとするヤツなんだろうけど。
けど、コイツは。ツボタは。
ムスッとした顔のまま、黙り込んでいるその顔を見上げながら。
「とにかく」
俺は言った。
「お願いですから、一度離してもらえませんか、このクソ力!」
繰り返すようだが、痛ェんだよ!
あ、ゴメン、と言って。ツボタはようやく俺の頭を離してくれた。




