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ライバル  作者: 宮澤花
50/57

10 道 -3-

 ツボタはしばらくの間、びっくりしたように笑う先生を見ていた。

 それから少しずつ、凍るようだった表情が人間らしさを取り戻した。

「何ソレ。アンタ、バカみたい」

 その言葉はまだ少し皮肉めいていたけれど。どこかホッとしたような響きがあった。


「そうだな。我ながら馬鹿げているな」

 先生も言った。

「で、どうする、和仁。私について来るか?」


「アンタ、いつもそんな調子のいいことばっかり言うんだ」

 ツボタは顔を上げた。どこか今までと違う表情だった。目に、ほんのわずか輝きがあるような。

「この前はだまされたけど。今度もそうじゃないって言える?」


「さあ、どうかな」

 先生はくつくつと笑う。

「同じかもしれんぞ。やめるか?」

 ツボタは退屈そうに肩をすくめた。

「まあ、いいよ。他にやることもないんだし。付き合ってみるよ」


 投げ捨てるように、面倒くさそうに口にされた言葉。

 だけど、その表情はどこか、照れているのを隠そうとしている子供みたいで。

 今の言葉がコイツにとって大切な決意表明だったんだって、俺にも分かった。


「よし。話は決まったな」

 先生は言った。

「では熱が下がり次第、私の家に戻って来い。それから、しっかり体を拭いて着替えろよ。そんな有様ではまた熱が上がるぞ」

 ツボタの長い話を聞いているうちに。

 先生も俺もアイツ自身も、そぼ降る雨にしっとりと濡れていた。


「大丈夫だよ。もう下がったから」

 ヤツは心配されるのが不本意そうに言った。


 ツボタの後ろでかすかな物音がした。

 見ると、いつの間にか裏の玄関口が開いて、礼子さんと老人がそこから顔を出していた。

 いつから、どこまで話を聞いていたのだろうか。ツボタが語った内容を思い出し、俺はヒヤリとする。

 だが二人の表情は以前と変わらなかった。


「お嬢さんのところに戻るのか。良かったな、お前」

 老人が言う。

 礼子さんも大きくうなずいた。

「ホント良かったよ。アンタ、ずっと帰りたかったんだろ?」


 その二人をツボタは照れくさそうに眺めて。

 それから俺たちの方に目を向けて、それもまたばつが悪そうに視線をさまよわせて。結局、とんでもない方角に顔を向けて。

「別に。そんなことないけど」

 なんてうそぶく。


 嘘つけ。そんなこと、こっちはずっと知ってたぞ。柳の下の幽霊のストーカー野郎が。

 あんな言葉で誤魔化せると思ってるのか。バカじゃないだろうか。



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