10 道 -3-
ツボタはしばらくの間、びっくりしたように笑う先生を見ていた。
それから少しずつ、凍るようだった表情が人間らしさを取り戻した。
「何ソレ。アンタ、バカみたい」
その言葉はまだ少し皮肉めいていたけれど。どこかホッとしたような響きがあった。
「そうだな。我ながら馬鹿げているな」
先生も言った。
「で、どうする、和仁。私について来るか?」
「アンタ、いつもそんな調子のいいことばっかり言うんだ」
ツボタは顔を上げた。どこか今までと違う表情だった。目に、ほんのわずか輝きがあるような。
「この前はだまされたけど。今度もそうじゃないって言える?」
「さあ、どうかな」
先生はくつくつと笑う。
「同じかもしれんぞ。やめるか?」
ツボタは退屈そうに肩をすくめた。
「まあ、いいよ。他にやることもないんだし。付き合ってみるよ」
投げ捨てるように、面倒くさそうに口にされた言葉。
だけど、その表情はどこか、照れているのを隠そうとしている子供みたいで。
今の言葉がコイツにとって大切な決意表明だったんだって、俺にも分かった。
「よし。話は決まったな」
先生は言った。
「では熱が下がり次第、私の家に戻って来い。それから、しっかり体を拭いて着替えろよ。そんな有様ではまた熱が上がるぞ」
ツボタの長い話を聞いているうちに。
先生も俺もアイツ自身も、そぼ降る雨にしっとりと濡れていた。
「大丈夫だよ。もう下がったから」
ヤツは心配されるのが不本意そうに言った。
ツボタの後ろでかすかな物音がした。
見ると、いつの間にか裏の玄関口が開いて、礼子さんと老人がそこから顔を出していた。
いつから、どこまで話を聞いていたのだろうか。ツボタが語った内容を思い出し、俺はヒヤリとする。
だが二人の表情は以前と変わらなかった。
「お嬢さんのところに戻るのか。良かったな、お前」
老人が言う。
礼子さんも大きくうなずいた。
「ホント良かったよ。アンタ、ずっと帰りたかったんだろ?」
その二人をツボタは照れくさそうに眺めて。
それから俺たちの方に目を向けて、それもまたばつが悪そうに視線をさまよわせて。結局、とんでもない方角に顔を向けて。
「別に。そんなことないけど」
なんてうそぶく。
嘘つけ。そんなこと、こっちはずっと知ってたぞ。柳の下の幽霊のストーカー野郎が。
あんな言葉で誤魔化せると思ってるのか。バカじゃないだろうか。




