表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライバル  作者: 宮澤花
48/57

10 道 -1-

「そうか」

 先生は静かにうなずいた。

「莫迦だな。お前は」


 ツボタは、黙ったまま立っている。


「けれど」

 先生の言葉は優しかった。

「懸命に、頑張ったんだな」


 その言葉に、ヤツの表情が変わる。

 固く凍っていたものが、おかしなことを聞いたようなとまどったものに変わる。

「何。何だよソレ」

 つっかかるような口調。だが、その言葉にはあまり力がない。

「何だよソレ。どういう意味」


「別に、言葉どおりの意味だが」

 先生は穏やかに言葉を返す。

「お前は不運で愚かだった。だが、そこにあった気持ちは本物だった。弟を守ろうと、お前は苦心して戦い続けた。その努力は実を結ばなかったが、それでもお前が懸命に闘ったそのことだけは誰にも否定できんよ」

「そんなの」

 ツボタは暗い表情でうつむく。

「守りきれなかったら、何の意味もない」


「そうだな」

 先生の声音は優しいが、言葉には容赦がない。

「お前は失敗したな」

「うん」

 そんな一言に、後悔と絶望がこもっている。


「取り戻したいのか? それがお前が求める道か」

「取り戻すなんて」

 ツボタの声は、ますます暗くなる。

「そんなこと。出来るわけない。アンタだって、そう言った」


「そうだな。失われた命は蘇ることはない」

 先生の声は静かだ。

「だが、なぜこの話を私たちにした?」

 その質問にツボタは眉を寄せた。


「何でって。アンタが話せって言ったから」

「私はただ、お前の話が聞きたいと言っただけだ。何を話せ、と指示してはいない。お前は、自分で選んでこの話を語ったんだ。それは、お前の迷いがこの話の中にあるからではないのか。取り戻したいもの、取り返しのつかない悔いが、そこにあるからではないのか?」


「悔い……」

 ツボタは呟く。

「あるよ、そんなもの。あるに決まってるじゃないか」

 茶色がかった目が、怒りを込めて俺たちを見る。

「だけど、だからってどうなるって言うの。話したって何も変わらない。トモが戻ってくるわけじゃない。こんなの意味ないって、最初から分かってたことじゃないか」  


「意味がなくはないよ」

 先生は言う。

 ツボタの顔が、ますます理解できないという感じに歪む。


「今の話で、私にはお前という人間が理解できたからな。お前が愚かなことも、何も知らないことも、不幸なことも、それに」

 先生の笑顔はどこか悲しげだった。

「お前が大切なもののためには他の何を顧みることもなく突っ走る、とびきりのバカ者であることもよく分かった」


「ちょ、ちょっと。何ソレ」

 ツボタは形のいい唇を不本意そうにとがらせる。

「何だよ、その言い方」


「言葉どおりだ。お前はしょうのないバカ者だ」

 そう言って先生は、今度はただ優しく微笑んだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ