10 道 -1-
「そうか」
先生は静かにうなずいた。
「莫迦だな。お前は」
ツボタは、黙ったまま立っている。
「けれど」
先生の言葉は優しかった。
「懸命に、頑張ったんだな」
その言葉に、ヤツの表情が変わる。
固く凍っていたものが、おかしなことを聞いたようなとまどったものに変わる。
「何。何だよソレ」
つっかかるような口調。だが、その言葉にはあまり力がない。
「何だよソレ。どういう意味」
「別に、言葉どおりの意味だが」
先生は穏やかに言葉を返す。
「お前は不運で愚かだった。だが、そこにあった気持ちは本物だった。弟を守ろうと、お前は苦心して戦い続けた。その努力は実を結ばなかったが、それでもお前が懸命に闘ったそのことだけは誰にも否定できんよ」
「そんなの」
ツボタは暗い表情でうつむく。
「守りきれなかったら、何の意味もない」
「そうだな」
先生の声音は優しいが、言葉には容赦がない。
「お前は失敗したな」
「うん」
そんな一言に、後悔と絶望がこもっている。
「取り戻したいのか? それがお前が求める道か」
「取り戻すなんて」
ツボタの声は、ますます暗くなる。
「そんなこと。出来るわけない。アンタだって、そう言った」
「そうだな。失われた命は蘇ることはない」
先生の声は静かだ。
「だが、なぜこの話を私たちにした?」
その質問にツボタは眉を寄せた。
「何でって。アンタが話せって言ったから」
「私はただ、お前の話が聞きたいと言っただけだ。何を話せ、と指示してはいない。お前は、自分で選んでこの話を語ったんだ。それは、お前の迷いがこの話の中にあるからではないのか。取り戻したいもの、取り返しのつかない悔いが、そこにあるからではないのか?」
「悔い……」
ツボタは呟く。
「あるよ、そんなもの。あるに決まってるじゃないか」
茶色がかった目が、怒りを込めて俺たちを見る。
「だけど、だからってどうなるって言うの。話したって何も変わらない。トモが戻ってくるわけじゃない。こんなの意味ないって、最初から分かってたことじゃないか」
「意味がなくはないよ」
先生は言う。
ツボタの顔が、ますます理解できないという感じに歪む。
「今の話で、私にはお前という人間が理解できたからな。お前が愚かなことも、何も知らないことも、不幸なことも、それに」
先生の笑顔はどこか悲しげだった。
「お前が大切なもののためには他の何を顧みることもなく突っ走る、とびきりのバカ者であることもよく分かった」
「ちょ、ちょっと。何ソレ」
ツボタは形のいい唇を不本意そうにとがらせる。
「何だよ、その言い方」
「言葉どおりだ。お前はしょうのないバカ者だ」
そう言って先生は、今度はただ優しく微笑んだ。




