9 血と殺戮 -4-
「僕は家で本を読んでた。別にやることもなかったから。時計を見て作戦が終わった頃だなって思った時、母親が帰ってきた。青い顔をして僕にトモは帰ってないかって聞いた。厭な予感がした」
言葉は、前よりさらに途切れがちになる。
「アンタと一緒に出掛けたはずじゃないか、って言った。そしたら先に帰ったって言うんだ。それで教会のテロの話を聞いて、心配になって自分も帰って来たんだって。トモは帰ってなかった。行きそうなところはひとつしか思いつかなかったから、僕は家を飛び出して教会に向かった。教会は弾の痕だらけで、少し壁が崩れてた。軍隊が来て死体を運び出し始めていた」
俺はその光景を思い浮かべようとする。
行ったことのない遠い大陸の、乾いた街の景色を想像する。
「僕はソイツらの封鎖をかいくぐって中に入った。血だらけで、肉片だらけで、僕がずっといたあの地獄みたいなところに帰って来たみたいだった。その中に、トモが」
そう言って、ヤツは言葉を切った。
うつむく。
右手で顔を覆うようにして、両方のこめかみに指を当てた。
「アイツ……。頭が半分、吹っ飛んで……。僕があんなに行くなって言ったのに。止めたのに。何で、あんなところに行ったんだ。何度も何度も、行くなって……」
声がくぐもる。
泣いている。そう思った。
ツボタが、自分からいろいろな物を奪ったヤツらと同じになってまで守ろうとしたもの。たくさんの人の命を犠牲にしても守りたかったもの。
それはそんな風に無慈悲に、コイツの前からむしりとられたのだった。
「しばらく、そこに突っ立っていた」
少し間を置いてから、顔から手を離してツボタは話を続けた。
意外にも涙の痕はなかった。むしろ表情は固くて、乾ききった感じだった。
「軍のヤツらが僕を見付けて、そこから連れ出した。それで我に返った。僕は両親に知らせに行くといってそこを離れた。でも、そんなことする気はなかった。それより他にやることがあったから。僕は街に出て、アイツらのアジトに行った。ヤツらは作戦の成功を祝ってた。机の上には食べ物と飲み物と、UZIが乱雑に置いてあった」
UZI、ウージーというのはイスラエル製の短機関銃のことだそうである。
ちなみに後でツボタが頑強に主張したところによると、機関銃と短機関銃は全く別物だということだ。俺はあんまり銃器に興味はなかったので、ピンと来ないのだが。
映画なんかでテロリストが乱射したりするのがこの短機関銃で、持ち歩きが出来るもの。
機関銃というのはもっと大きくて固定して使うもので、ヤツ曰く『そこらで使うようなものじゃない』ということである。
いや、どっちもそこらで使うようなものじゃねえよ。というツッコミをしたのは後日の話である。
「後は、別に話すようなことはないよ」
ヤツは、乾きすぎるほど乾いた声のままで続けた。
「僕は入って行って、作戦成功おめでとうと言った。ヤツらは人を殺した後で興奮していた。大成功だったって、白いヤツらを殺しまくれて気分が良かったって言った。僕は自分も行きたかったって言った。そしてUZIを手に取った」
ヤツの左手が動く。何かをつかむような動作だ。
「使ったことはあるのかって聞かれた。ないって言った。こんな弾薬を大量に消費するような贅沢なものは触らせてもらえなかったからね。こういうのを使うのは後ろにいる大人たちで、僕たちが使うのはしょっちゅう気を遣って手入れしてないと暴発するような、使い古しのショットガンだけだった。だから一度撃ってみたかったんだって言ったら、アイツら大声で笑った」




