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ライバル  作者: 宮澤花
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9 血と殺戮 -2-

「だけど、トモだけは違った」

 その名前を呼んだ時、ヤツの声に温かさが灯った。それは多分、智礼と呼んでいた弟のことなのだろう。


「トモは何も言わなかった。忘れろとも言わなかったし、話せって無理強いすることもなかった。ただ黙って僕の傍に座って、僕の名前を優しく呼んで、僕が話したい時は耳を傾けてくれたし、話したくない時には黙ってた。トモといる時は」

 アイツの声が一瞬くぐもって、揺れた。

「僕はあそこに来られて良かったって思った」

 その表情はとても愛しげで、とても哀しく見えた。


「トモは昼間は学校に行ってた。帰ってくると、いろいろ話をしてくれた。僕はその話を聞くのも好きだった」

 兵士にされていた時代は当然教育なんか受けられなかったから、家に帰った時のコイツは何も知らない状態だったらしい。

 だから弟が学校に行っている間は家で家庭教師に勉強を教わっていたと、後から聞いた。


「そんな風にずっと過ごしてたんだけど」

 ツボタの顔が曇る。

「そのうち僕も少しは新しい生活に慣れて、ひとりで外を歩いたりもするようになった。その時に突然、後ろから銃を突きつけられた」

 キレイな顔がその話をする時はひどく歪んで。その時のことを悔やんでいるのだと感じ取れた。


「油断してたんだと思う。銃もナイフも持っていたけど、完全に後ろを取られて反撃の機会がなかった。僕はアイツらが忘れろって言うのを、夢だと思えって言うのを、すごくイヤだと思ってたけど。それでもやっぱり、自分でもそう思い始めていたのかもしれない。あれは全部終わったことで、もうここでは何も起こらないんだって思っていたのかもしれない」


 それは悔やむようなことなのか。

 全部終わって、それで良かったんじゃないのか。良かったはずなんだ。

 それなのに再びそんな目に遭ってしまったコイツの不運さを聞くと。他人ごとなのに息のつまるような苦しさを感じた。  


「アジトに連れて行かれた。そこでソイツらが僕をトモと間違えてることと、家族から身代金を取るつもりだってことが分かった。それにソイツらが、僕たちをずっと戦わせてたヤツらと近い組織の人間だってことも。トモじゃなくて良かったって思った。身代金をとってもコイツらが人質を生きて返すはずがないから。殺して晒して見せしめにする。それがコイツらの手口だからね。でも」

 そこでツボタはちょっと言葉を止めた。

 しばらく黙っていた。


 それからまた、ゆっくりと話し始めた。

「トモのためならともかく、僕のためにアイツらが金を払うか分からなかった。そして心配になった。僕でダメだったら、コイツらは今度こそトモをさらうんじゃないかって。さらって殺すんじゃないかって。だから僕は生き延びなきゃって思った。生きてトモを守らなきゃって思った。それで」


 またしても沈黙。


「ソイツらに取引を持ちかけた。ソイツらに協力するって言った。今までいっぱい殺してきたし、また殺したいから仲間に入れろって言った。自分は役に立つ、情報だって流してやるって言ったんだ。もちろん初めは信頼されなかったよ。でも僕はソイツらの教義を言えたし、現地語しか読めないソイツらには分からない、外国人だけが読む新聞の情報なんかも読んでやれた。家のヤツらから情報も引き出せるし、金をとって殺すより、生かして利用した方が得だって思わせようとした。ソイツらの言うままに知らないヤツを殺して見せるまで本気にはされなかったと思うけど。三人殺したら、やっと使えるって思ってもらえたみたいだった」

 


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