表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライバル  作者: 宮澤花
39/57

8 もう一度向かい合う -1-

 先生にメールする。一応まだ朝だし、もしかしたら寝てるということもあるかと思い電話は遠慮した。

 先生は概して早起きだが前日にコンサートに行った時は別だ。夜遅くまで騒いでくるので疲れるのか、そういう時は昼近くまで寝ている。俺も先生の予定をすべて把握しているわけではないから、昨夜コンサートに行ったかどうかなんて知らないし。


 心配は無用だった。すぐに先生から電話がかかってきた。俺はツボタの行方が分かったことを簡単に報告し、

「これから行ってもいいですか」

 と尋ねた。先生は承知してくれた。

 

 ツボタのいた家から先生の家までは徒歩でたっぷり三十分かかる。

 ようやく通い慣れた商店街に入り、先生の家に向かう路地に折れる。砂利道を登り小さな林の横を抜け、先生の家の大きな門をくぐった。飛び石の置いてある前庭を通り抜けて玄関のチャイムを鳴らす。


 ふと、あの日のことを思い出した。ツボタと初めて出会った日。あの日もここでこうやってチャイムを鳴らして、先生から返答があるのを待っていた。そうしたら、中から何かを壊す音が聞こえて来て。

「康介か。早かったな」

 ドアが開いて先生が顔を出した。そこら中に造花がくっついた淡いピンクのワンピースを着ていた。布地にはラメが入っていて変にキラキラする。

 先生がいつも通りで安心すべきなのかどうか、ビミョウなところだ。


 先生の家のキッチンで俺はコーヒーを入れる。この家にいる時は俺が台所仕事をするのが習慣になっている。自分用には紅茶を作らせてもらう。あれ以来、無理してコーヒーを飲もうという気がなくなった。

 飲み物の用意が出来たところでリビングに向かい合って座った。


 俺は紅茶を飲みながら、ツボタを見付けた経緯や今のアイツの状態などを説明した。

 先生は黙ったまま、眉根を寄せて話を聞いている。


「それで……あの」

 一応の説明を終えた後。俺は何といったらいいのかとちょっと逡巡する。

 結局、適当な言葉も見つからなくて。ジャケットのポケットに突っ込んだ人形を、ただテーブルの上に置いた。


「これは」

 先生が呟く。目付きが確かに変わった。

「えーと、あの。もしかしたら、と思いまして」

 自分でも何を言ってるのか分からないな。


 先生は人形を手に取った。

「ああ。間違いない。この子はブルガリアで手に入れたアンナちゃんだな」


 説明しよう。

 先生は、この家にある大量の人形全てを固体認識し名前まで付けているのである! 俺には特殊能力としか思えないが。執念、いや、ここは人形愛と呼ぶべきだろうか。


「やっぱりそうですか」

 俺は呟いた。

「ああ。……いや」

 先生は丹念に人形を眺めながら呟くように言う。

「アンナちゃんだった、と言うべきかな」

 それから、鋭い目で俺を見る。

「これは?」


 俺は礼子さんから聞いた話をそのまま先生に伝えた。

「和仁が直したのか?」

 先生は訊ねる。俺はうなずいた。

「そこの家の奥さんはそう言っていました。服とか目立つところはその人がやったらしいですけど、布地はアイツが選んだって」

 先生は人形の服をめくりあげる。下手くそな縫い目が露わになる。

 深い青とキラキラ光る白で彩られた先生の爪が、その縫い目の上をそっとたどっていく。


「私は答えのない無理難題を言ったつもりだったのだが」

 先生は呟いた。

「答えを得ようと焦り過ぎたのだろうか。私も、和仁も……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ