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ライバル  作者: 宮澤花
38/57

7 ヤツの願い -6-

「元気がなくってね。いつもあんまり元気じゃないけど、その時は特に沈んだ様子だった。どうしたんだろうって思ったら、壊れた人形をじっと見てるの」


 もっとどうしたんだろうって思ったわ、と言う礼子さん。

 何というかストレートな人だな。


「それで声をかけてみたら、淋しそうに笑ってね。『元通りきれいに直せたらお願いが叶うんだけどね』って言うの。それは無理でしょうって言っちゃったわ。とにかく、ひどい壊れ方だったからね」

 うん、まあ。ひどかった。

 アイツが壊した人形一体一体を全部見たわけじゃないが、とにかくアイツの壊しっぷりは全体的にひどかった。


「でもね。そのままじゃ人形があまり可哀相だったから。直そうよって言ったの。私が直してあげるって。そしたらね。すごくビックリした顔で私を見て『直せるの?』って聞くのよ。そりゃ、元通りには無理だよ。すごく立派な人形だったみたいだし。私はフツウの手芸好きなだけのオバサンで、特別な腕もないしさ。だけど、あんなんじゃ見ているだけでも悲しくなるじゃない? だから別物になるけどいい? って聞いたら、半信半疑な感じで人形を渡してくれてさ」


 俺はあの日の記憶を思い起こす。

 この人形はきっと先生がアイツに投げ付けて、

『これを元通りに出来るなら、お前の道も開けるかもしれない』

 と言った、アレだと思う。

 その言葉を聞いた時、アイツはひどく打ちのめされた顔をした。


「それでね。私が縫ってる間、あの子ずっと見てるのよ。小さい子みたいにおっきな目をもっとおっきくして。それでね、『僕にも出来るかな』って聞くのよ。裁縫やったことあるの? って聞いたら『ない』って言うの。『でも、やってみたい』って」


 俺はその情景を思い描く。

 何だか俺の知らないヤツの話みたいだった。


「まあ、初めてって言うだけあってヘタクソだったんだけどね」

 なんか乾いた哂いをもらす礼子さん。何があったんだ、いったい。

「ホラ。これ、あの子が縫ったとこ」

 人形のスカートをめくりあげる。


 白い胴体に、縫い目が……いや、縫い目か、これ? なんつーか荒々しい、かろうじて糸で留まってるみたいな。

 逆に縫い目があることで痛々しいというか。ゾンビじみてるというか。

「ヘタにも程があるだろ……」

 思わずつぶやいてしまった。俺が小学生の時に家庭科で作ったエプロンだってこれよりマシだ。


 礼子さんは笑った。

「ウン。ヘタでしょ。でも一所懸命やってたよ」

 怒りながらだったけどね、と付け加える。


「服も髪も新しく作り直さなきゃいけなかったから。新しい服の布も、髪の毛にした毛糸も、あの子が選んだんだよ」

 だからこれは二人で直したの。そう、礼子さんは話を締めくくる。


 俺は人形をじっと見る。

 アイツが、この人と直した人形。

 ところどころに縫い目がある。丁寧な縫い目は礼子さんの手によるものだろう。


「あの。これ、借りていってもいいですか」

 俺はたずねた。

「どうだろう。分からないけど」


「お願いします。先生に見せたいんです」

 俺は頭を下げた。

 礼子さんは困ったような顔をして、しばらく考えて。

「必ずあの子に戻してくれる?」

 と聞いた。

「約束します」

 俺はうなずいた。


 人形を持って先生の家に向かう。

 これを見せたからどうなるってものでもないかもしれないけど。それでも見せたいと思った。見せなきゃって気がした。

 そして思った。

 アイツの願いって何だろう。


 あの時言っていたみたいに、死んだ弟を生き返らせたいってことなんだろうか。

 でもそれは神様でもなきゃ無理な話だ。いや、神様にだって出来ないと思うと先生は言った。

 だったらアイツの願いは決して叶わない。


 そうしたら、アイツの願いはどこへ行くんだろう。

 アイツの道はどこかにつながることがあるんだろうか。

 迷宮に出口は見つかるのか。

 多分、誰よりもアイツ自身がその答えを求めている。


 俺は重い足取りで海の傍の通りを離れた。

 


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