7 ヤツの願い -6-
「元気がなくってね。いつもあんまり元気じゃないけど、その時は特に沈んだ様子だった。どうしたんだろうって思ったら、壊れた人形をじっと見てるの」
もっとどうしたんだろうって思ったわ、と言う礼子さん。
何というかストレートな人だな。
「それで声をかけてみたら、淋しそうに笑ってね。『元通りきれいに直せたらお願いが叶うんだけどね』って言うの。それは無理でしょうって言っちゃったわ。とにかく、ひどい壊れ方だったからね」
うん、まあ。ひどかった。
アイツが壊した人形一体一体を全部見たわけじゃないが、とにかくアイツの壊しっぷりは全体的にひどかった。
「でもね。そのままじゃ人形があまり可哀相だったから。直そうよって言ったの。私が直してあげるって。そしたらね。すごくビックリした顔で私を見て『直せるの?』って聞くのよ。そりゃ、元通りには無理だよ。すごく立派な人形だったみたいだし。私はフツウの手芸好きなだけのオバサンで、特別な腕もないしさ。だけど、あんなんじゃ見ているだけでも悲しくなるじゃない? だから別物になるけどいい? って聞いたら、半信半疑な感じで人形を渡してくれてさ」
俺はあの日の記憶を思い起こす。
この人形はきっと先生がアイツに投げ付けて、
『これを元通りに出来るなら、お前の道も開けるかもしれない』
と言った、アレだと思う。
その言葉を聞いた時、アイツはひどく打ちのめされた顔をした。
「それでね。私が縫ってる間、あの子ずっと見てるのよ。小さい子みたいにおっきな目をもっとおっきくして。それでね、『僕にも出来るかな』って聞くのよ。裁縫やったことあるの? って聞いたら『ない』って言うの。『でも、やってみたい』って」
俺はその情景を思い描く。
何だか俺の知らないヤツの話みたいだった。
「まあ、初めてって言うだけあってヘタクソだったんだけどね」
なんか乾いた哂いをもらす礼子さん。何があったんだ、いったい。
「ホラ。これ、あの子が縫ったとこ」
人形のスカートをめくりあげる。
白い胴体に、縫い目が……いや、縫い目か、これ? なんつーか荒々しい、かろうじて糸で留まってるみたいな。
逆に縫い目があることで痛々しいというか。ゾンビじみてるというか。
「ヘタにも程があるだろ……」
思わずつぶやいてしまった。俺が小学生の時に家庭科で作ったエプロンだってこれよりマシだ。
礼子さんは笑った。
「ウン。ヘタでしょ。でも一所懸命やってたよ」
怒りながらだったけどね、と付け加える。
「服も髪も新しく作り直さなきゃいけなかったから。新しい服の布も、髪の毛にした毛糸も、あの子が選んだんだよ」
だからこれは二人で直したの。そう、礼子さんは話を締めくくる。
俺は人形をじっと見る。
アイツが、この人と直した人形。
ところどころに縫い目がある。丁寧な縫い目は礼子さんの手によるものだろう。
「あの。これ、借りていってもいいですか」
俺はたずねた。
「どうだろう。分からないけど」
「お願いします。先生に見せたいんです」
俺は頭を下げた。
礼子さんは困ったような顔をして、しばらく考えて。
「必ずあの子に戻してくれる?」
と聞いた。
「約束します」
俺はうなずいた。
人形を持って先生の家に向かう。
これを見せたからどうなるってものでもないかもしれないけど。それでも見せたいと思った。見せなきゃって気がした。
そして思った。
アイツの願いって何だろう。
あの時言っていたみたいに、死んだ弟を生き返らせたいってことなんだろうか。
でもそれは神様でもなきゃ無理な話だ。いや、神様にだって出来ないと思うと先生は言った。
だったらアイツの願いは決して叶わない。
そうしたら、アイツの願いはどこへ行くんだろう。
アイツの道はどこかにつながることがあるんだろうか。
迷宮に出口は見つかるのか。
多分、誰よりもアイツ自身がその答えを求めている。
俺は重い足取りで海の傍の通りを離れた。




