7 ヤツの願い -5-
それにしても。
「大丈夫なのか、コイツ……」
思わずつぶやく。
礼子さんが困ったように言った。
「ごめんね。一応、知り合いの医者に来てもらったんだけどさ」
老人が苦い表情になる。
「コイツ、熱があって朦朧としてるくせに暴れてな。医者の顔を殴りつけて、騒ぎになって。なんとか平謝りしておさめて、薬だけはもらったんだけどよお」
うわあ。何か、すごくやりそうだ!
「すんません。何か、すごくすんません」
何で俺が謝らなくちゃいけないのか、よく分からんが。とりあえず謝らなくちゃいけない気がして、頭を下げる。
「意識があると出かけようとするしよ。仕方ないんで睡眠薬出してもらって、それ飲ませて寝せてんだ」
いや。それはどうだろう……。割と無茶するな、この人たちも。
「でも、心配しただろうね」
礼子さんが言った。
「家出じゃないかなって思ってはいたんだけど。聞いても何も言わないし。何だか、放り出すのも可哀相な気がしてね」
「あー。家出ってわけじゃないんですけどね」
叩き出されたのが真相なんだが。
「それに俺だって、その。別に心配していたわけでは」
ただ。どこかで野垂れ死にでもしていたら、寝覚めが悪いから。それだけで。
「山城のお嬢さんが迎えに来るのかね」
老人が質問した。
「熱が下がるまでは、このまま動かさん方がいいように思うが」
「えーと。その辺りのことは、先生と相談してみます」
俺は言った。
「連絡先を教えていただけますか」
店の電話番号が書いてあるチラシをもらった。
ヤツの面倒を看ていてくれたことにお礼を言って。先生から連絡を入れてもらうようにすると約束して、帰ることにする。
靴をはいた時、礼子さんに呼び止められた。
「ねえ。高原くん」
「何でしょうか」
俺は振り向いた。
何だか気がかりそうな、言うか言うまいか迷っているような顔をしている。
「あの?」
俺は首をかしげた。
それで決心がついたように、礼子さんは後ろ手に持っていたものを差し出した。
それは、毛糸の茶色い髪とフェルトの素朴な服を着た、布で出来た人形だった。
「ええと。これが何か」
俺がそう言うと、礼子さんはがっかりしたようだった。
「知らないか。あの子が持ってたから、大事なものかと思ったんだけど」
ため息をつく。
それは初耳だ。アイツは先生の人形を気持ち悪いと言っていたし、それどころかぶち壊しまくったくらいだ。人形を大事にしたりするようには見えないんだが。
そこまで考えて。
俺は引っかかることがあるのに気付いた。
「あの、それ、もしかして」
俺は急きこんで訊ねる。
「壊されてませんでしたか。グッチャグチャに」
「そうなのよ」
礼子さんはうなずいた。
「あんまり可哀相だったから、私が直したの。あの子と二人で」
「ツボタと二人でえ?!」
思わず大声を上げてしまった。それくらい予想外な話だった。
でも礼子さんは真面目だった。
「あの子がね。それを持って見てたの。首も腕も取れそうで、そこら中切り刻まれてボロボロで。ひどい有様だったね。見れば良さそうな人形だし。なんてヒドイことをするんだろうって思ったわ」
まあ、先生の金のかかったお人形コレクションのひとつだしな。
そして、そのヒドイことをしたのは二階で寝てるアイツです、って教えていいんだろうか?




