7 ヤツの願い -3-
翌朝。同じく六時に寮を出る。今日は親父の経営する大学の前に直行だ。
こっち側にも商店街はあるが、表通りにあるのは菓子屋とか骨董屋、古本屋など、早起きとはあまり関係ない業種が多い。勢い、調査相手は犬の散歩の人や早朝のウォーキングの人になる。
やはり、散歩の爺さんたちからは大した情報は得られず、三人組でウォーキングしていたオバちゃんたちからは過剰なまでの目撃情報が寄せられた。従って、どうしても俺も女性を狙って聞き込みをかけることになるのだが。
「女だ! 行こう!」
とか。
「男だ。ダメだな」
と思考している自分に気付くと、ナンパ男になったような気がして気分が下がる。
言わせてもらえば、声をかけているのはオバちゃんや婆さんがほとんどだ。そもそも若い女性はあまりこの時間歩いていない。そして別に俺はそういう特殊な趣味の男ではない、ということは声を大にして主張したい。
そんな気が滅入るような聞き込みを続けて、一時間半ほどで海沿いの商店街にまでたどり着いた。ここにも魚屋があったが、のぞいて見るとオッサンと若い兄ちゃんだった。これではダメだ。目撃情報は期待できない。
時計を見るとそろそろ八時だった。いい加減、朝の住人たちが入れ替わる時間帯だ。
俺はため息をついた。仕方ない。ここから先の捜索は明日に持ち越しだ。
その時、喫茶店の前を掃除している髪の長い女の人が目に付いた。
時間帯が違うかもしれないが、せっかくここまで来たのだ。ダメで元々、声をかけてみることにした。
人を探していると説明し、ツボタの写真を見せる。
ほっそりした、ちょっと色っぽい感じのそのオバサンは。
「あら。この子なら知ってるわよ」
とあっさり言った。
「うちの隣りに泊まりこんでるわ。そうね、もう半月になるかしらね。茶髪っぽくて色の白い、妙にキレイな子でしょう。ふうん、やっぱり家出少年だったんだ。アンタ、兄弟……じゃないわね。友だち?」
また聞かれた。まあ、聞かれるよな。俺が相手の立場でも聞く。
しかし、その質問に俺は上手く答えられない。
俺が黙っていると、女の人はそれ以上ツッコんで来なかった。
「隣り、九時過ぎには店を開けるけど。良かったら私が連れていってあげようか?」
笑う。
「いいんですか?」
思わず身を乗り出すと。
「いいわよ。でも、その代わり」
隣家に紹介してもらう代わりに、俺はその店の掃除の手伝いをやらされた。まあ、いいけど。雑用は先生の家で慣れているし。しかし、なんか妙に力仕事が多かったような。別にいいんだけどな……。
ようやく掃除が一段落して喫茶店の開店準備が整うと、女の人はいったん店に鍵をかけ、俺を隣りの店に連れていった。
隣りというのは女性の喫茶店と同じく、何年も前からこの商店街にあるといった感じの店だった。一軒家の一階の半分くらいが店になっている造りのヤツだ。
前面はガラス張りになっていて、店の中がうっすらとのぞける。ガラスには『リサイクル&ハンドメイドの店 ワタナベ』という白い文字が貼りつけてあった。どうやらここはワタナベさんの家らしい。
「おはよう。礼子いる?」
女性は気軽に店の中に入って、声をかけた。
カウンターに座っていた老人が顔を上げる。
「やあ、さっちゃん、おはよう。おーい礼子。さっちゃんだぞ」
老人は、カウンターの裏に続いているらしい居住スペースに向かって大声で呼びかけた。




