7 ヤツの願い -1-
その数日後、俺の携帯に山城先生から電話があった。
何だろう。別に約束もしていないし、それなのに先生の方から連絡があるのは珍しい。
「はい。高原です」
俺が出ると、
「康介か。首の傷はどうだ?」
と当たり前だが先生の声がする。それを心配してかけてくれたのかと思い、ちょっと感動した。
でも、治って来ていたのは先生も知ってるはずだけどな。
「ありがとうございます。もうほとんど治りました」
「そうか。良かった」
そこで先生はちょっと黙りこんだ。それで切れるのかと思ったが、先生はためらいがちに次の言葉を発した。
「康介。お前、和仁がどこへ行ったか知ってはいないだろうな?」
「ツボタですか?」
俺はきょとんとした。
「えーと。四日くらい前、雨が降ってた時に傘を貸しましたけど。あの、たまたま近くを通りかかったので」
わざわざ行ったと言うのはきまり悪くて、誤魔化す。
「そうか。それが最後か」
「そうですけど」
俺は、そこに至ってようやく先生が言っている意味に気付いた。
「いないんですか」
「ああ。三日くらい姿を見かけていない。ちょうど、お前が会ったという翌日くらいからだな」
俺は黙り込む。
「いや、すまなかった。ただ単に諦めたというだけのことかもしれん。そうしてくれたなら、これで解決だ。騒がせてすまなかった」
そう言って、先生は電話を切ろうとする。
「待ってください」
俺は思わずそれを遮った。
「探しましょう。探した方がいい」
だって、あの日ツボタはびしょぬれだった。具合でも悪くなってるんじゃないだろうか。
どこかで苦しんだりしていたら。最悪、死んでいたりしたら……?
俺は急いで、その想像を振り払う。
「とにかく、これから行きます。あの林を探してみましょう」
「ああ、いや。私は今、大学なんだ」
繰り返すが、先生の職業は大学教授である。
「分かりました。一人で探します」
そう言って俺は電話を切った。そのまま寮を飛び出して、先生の家に向かう。
簡単に諦めるようなヤツじゃないのは分かってる。そうじゃなきゃ、あんなに何日もストーカーめいたことはやってられない。
だから、もしアイツがあの場所に立っていないなら。
立っていられないような何かが、起きたってことなんだ。
先生の家の前の林に着く。
何日も何日もツボタがぼーっと突っ立っていた木の下は空っぽだった。
それがフツウのはずなのに、なんだかとても空虚に見えた。
俺は林の中に踏み入った。
心臓がドキドキする。もし、この奥でアイツが倒れていたりしたら。
そんなに広いわけではない。それでも、藪だのなんだのが結構生い茂っている。
その隅々まで探して、倒れているツボタも誰かが生活していた形跡もないと分かって、ホッとしたような残念なような気持ちだった。
ここで倒れたりしていないという点ではひと安心だが。どこにいるか分からない、という点では何の前進もしていない。
どうしよう。どうやったら探せるだろうか。
しばらく考えて、思い当たった。
ここに隠れ住んでいたのでなければ、ツボタはどこかから通って来ていたはずだ。
だったらアイツの姿を見ている人がいるかもしれない。
ただ。アイツは日中ほとんど、ここで幽霊みたいにボーっと立っていた。
朝、俺が学校へ行く時間……八時少し前にはもういたし。先生が電気を消すように言う、夜の十時頃になってもまだ突っ立っていた。
だから探すなら、朝早くか夜遅くの二択だ。
寮の門限があるから、夜の十時過ぎに町をウロウロするわけにはいかない。
となると、明日の朝か。幸い明日は土曜で学校は休みだ。
俺は行動計画を立て、ひとつ息をついた。




