6 冷たい雨 -5-
雨が降っている。
あれ以来、俺は道場に行っていない。道場の人たちには大変申し訳ないが、情熱がなくなった。俺の求めているものはあの場所にはない。それがハッキリと分かってしまったのだ。
だからと言って、代わりにやりたいことがあるわけではなく。
ずっと追いかけてきた夢も、山城先生自身に否定されて。俺は俺の行く先を完全に見失っている。
先生と言えば。
俺はふと気になった。この雨の中、ツボタはどうしているんだろう。
まさか、黙ってあそこに突っ立っているんじゃないだろうが。それじゃ本当に幽霊じみている。
だが、気になりだしたら止まらなくなった。授業が終わると俺はあわただしく席を立ち、鞄と傘を持って外に出た。
余談だが、俺の通っている高校は共学校とは名ばかりで校舎は男子部・女子部に分かれており、カリキュラムも別々だ。
そりゃ、校内を歩けば女生徒はいる。体育祭や文化祭も合同だ。部活も、一応垣根はない。
しかし授業中は男ばかり。もちろん寮でも男ばかり。
下手すると数日、それどころか数週間、女子と話をする機会がないなんてこともある。
入学してきた男どもはみんな詐欺だと嘆き、なるべく女子が入ってきそうな部活に所属しようと心を砕くのだが。その心根がバレるのか、何故か毎年どの部活も男女比はどちらかに傾く。
そういうわけで。放課後の下駄箱から最寄り駅までの道のりは一日の中で数少ない、女生徒と近付くのが可能な時間帯だ。中には彼女と待ち合わせなんてことをしているヤツもいる。
そんな光景を横目で見ると、俺は何をしてるんだろうと思う。
会いに行くのが美女だったら、そうでなくてもせめて女だったら色気もあるが。残念ながら、アイツは男だ。それも、俺を八つ当たりで殺そうとしたやつだ。
そんなヤツが濡れネズミになってるかもしれないのを心配して、貴重な放課後を潰すなんて間違ってる。
心からそう思った。
雨の中、先生の家に向かう。
砂利道を上っていくと、その影は今日も木の下に立っていた。
まあ、そんなことじゃないかと思ったから来たんだが。実際にその姿を見てしまうと、妙に脱力した。
ホント、何やってるんだか。コイツも俺も、どっちもどっちだ。
「おい」
少し離れたところから声をかけた。ヤツはビクリと肩を震わせてから、こっちを振り返る。茶色がかった髪からしずくが垂れた。
もう遅かったか。昼過ぎにはもう、降り始めていたからな。
「今日はそこで待っていてもムダだぞ。先生は、今人気のアイドルグループのコンサートに行っているからな。で、そういう日は朝からショップに並んでグッズを買い、そのまま会場に直行。また物販に並んで、終わった後も物販に並ぶ。だから夜遅くまで帰って来ない」
今日がその日だということは、よく覚えている。俺が先生の家にいる間に届いたチケットで、先生はその日はコンサートの話しかしなかったから。
ツボタは黙って俺の言葉を聞き、軽く唇を噛んでうつむいた。
俺はため息をつく。
「ほら」
鞄から折り畳み傘を出してさし出す。
「朝から、雨だと言っていたぞ。天気予報くらい見ないのか」
ヤツは何も言わない。傘も受け取らず、黙って俺を見ている。
「おっと。こっちが先か」
俺は習慣で鞄に入れていたスポーツタオルを取り出して、ヤツに向かって投げた。
ツボタは反射的に受け取り、怪訝そうにそれを見る。
「髪くらい拭け。水、たれてるぞ。あ、大丈夫だ、洗濯してあるからな」
ただし三日くらい鞄に入れっぱなしだった気もするが、まあ、それは些細な問題だろう。
「返さなくていい。実家に出入りしている新聞屋が、年末にくれたヤツだから」




