6 冷たい雨 -4-
すぐに俺は異状に気付いた。先輩の技の入りが甘い。何というか、隙だらけというか。
稽古をサボった俺に対するお仕置きなんて、考えすぎだったか。先輩は、久しぶりに稽古に出た俺に合わせて軽く流してくれているようだ。自分の考えのさもしさに恥ずかしくなった。
でも。……もの足りない。
こんなもので稽古と言えるのか。
いや、型をきちんと身に着けるのが大切なことは俺も分かっているのだが。
けれどここにはあのひりつくような感じが、ギリギリのところで互いをやりとりする緊張感が、感じられなかった。
ツボタとは二回やりあっただけだ。一回目は完敗。二回目はギリギリ引き分けというところだが、それはアイツが油断していたからだ。
俺が無力だと、ナイフを突きつけていれば何も出来ないとそう思っていたから。何とか逆転できた。
あれはほとんど運だった。それは分かってる。けれど、その二回のどちらもが、まぎれもない実戦だった。アイツは俺を叩きのめすことだけを考えて襲いかかってきて、俺はそれを迎え撃った。
人生で初めての実戦。
あれに比べたら型を再現するだけの組み手は、緊張感がなさすぎる。
「っと! 高原、ストップ、ストップ!」
先輩が、悲鳴を上げて体勢を崩した。
「おいおい。約束組み手で直当てはナシだろう」
「……あ」
俺は我に返る。
上がったままの自分の脚を見て、先輩に思い切り蹴りを叩きこむところだったのに気付く。
「す、すみません」
俺は慌てて頭を下げた。何てことだ。緊張感がないのは俺だ。
「ぼんやりしてました。稽古に臨んで、あるまじき態度でした」
「うん、まあ。約束組み手と思って油断していた俺も悪い」
先輩は笑って許してくれた。
「それにしても、高原。段位を取ったことに浮かれて、稽古なんかもうバカバカしいと思っているのかと思ったが」
俺は身が縮む。それは正に、たった今俺が思っていたことじゃなかったか。
だが、その後の先輩の言葉が俺の背中に冷水を浴びせかけた。
「ちゃんと稽古をやっていたんだな。何というか動きに切れと凄味が出たよ。これなら叱るまでもなかったな」
そう言って先輩は休憩に行ってしまった。
俺は立ちすくんでいる。
ほめられたのに、素直に喜べない。
先輩は、本気だったのか? 俺を叱って、叩き直すつもりでやっていたのか?
それなのに、俺には全くそれが感じられなかった。
むしろ退屈だと、こんなものは戦いではないと、そんな風にしか思えなかったのだ。
山城先生との稽古はいつも俺に新しいものを与えてくれた。
空手という競技に制約されないその動きは。俺に緊張感を与え、俺を確実に強くしてくれた。
だけど、それでさえ稽古に過ぎなかった。
アイツとの二回の実戦は、俺の中の何かを確実に変えてしまった。
俺は、あの時の緊張感を。ひりつくような感じを、求めているんじゃあないのか。
自分の手を見る。
あの一日で、俺は前とは違う人間になってしまった。今さらながら、そんなことに気が付いたのだ。




