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ライバル  作者: 宮澤花
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6 冷たい雨 -3-

 一週間ほどで首の傷は良くなった。通院の必要もなくなったので、俺は寮に帰ることになった。

 その前の晩、俺は二階の窓から外を見た。門の前の林の暗がりの中にぼんやりと、白い影が立っているような気がした。


「どうかしたか? 康介」

 後ろから先生の声がして、俺はドキッとした。

「あ、いえ」

 あわてて振り返る。先生はお見通しという顔だった。

「何でもないならそんなところに居るな。もう荷物はまとめたのか」

「はあ」

 俺はすごすごと先生の元に行く。

 あそこで立って外を見ていても、どうなるわけでもないのだが。 それでも俺は、おずおずと口を開いてしまう。


「あの。一週間になりますね」

 先生は返事をしない。俺が何を言っているのか、分かってはいると思う。

「毎日、学校にいる時間にはもういるし、明かりが消える時間までいるような気がします。正直、よく続いていると」

「気にするなと言っただろう」

「でも」

 俺は言い募る。

「でも、ああしてるのを見ていると……。どんな気持ちでいるんだろう、と思ってしまって」


「どうだか。単にストーカー気質なだけなのじゃないか?」

 先生は冷淡に言った。まあ、それは俺も否定しにくいが。ヤツの現在の行動は、気合の入ったストーカーそのものと言っていい。警察に言えば、間違いなく職質レベルだ。


「でも……食べ物とか、寝るところとか。どうしているんでしょうか」

 まさか、あの林で寝泊まりしているわけじゃないだろうとは思うが。

「さあな。アイツは要領は良さそうだぞ。もう構うな。忘れるんだ」

 先生はそう言って、俺に背中を向けた。


「先生」

 俺は、それを呼び止めた。

「何だ」

 先生が振り返る。


「先生は、俺に下天一統流は今の時代に不要だとおっしゃいましたけど。先生との立ち会い稽古の経験がなかったら、俺はあの日、生き延びられなかったです」

 先生は黙って俺を見ている。その目は鋭くて、俺はこんなことを言い出してしまったのを後悔する。

「その。だから」

 それでも俺は、言葉を絞り出す。

「あの。無意味とか、そんなことはないと思うんです。俺はこれで二回、下天一統流に命を救われました」


 先生はしばらく黙っていた。

 それから。

「お前というヤツは。本当に……」

 呟いたきり、また背中を向けてしまう。一瞬、その口許に苦笑が見えた気もしたけれど。それも、もう先生の長い髪の向こうに隠れてしまっている。


 俺はただ、

「ありがとうございました」

 と言って、頭を下げた。


 それは、これで終わりになるかもしれない先生と俺の日々の。

 気まぐれのように立ち合いをしてくれた先生への、感謝の言葉だった。



 そして俺は寮に戻り、寮と学校を往復するだけのいつもの日々が始まる。

 合間を見て、しばらく顔を出していなかった空手の道場に挨拶に行った。段位を取った後、かなり休んでしまったのでちょっと小言を言われた。


「じゃあ、久しぶりに組み手をやってみるか」

 格上の先輩にそう声をかけられた。段位を取るだけ取って、しばらく稽古をサボった俺に対する制裁の意味もあるだろう。俺が悪いので、ここは叱られておくしかない。おとなしく先輩の言葉に従うことにする。


 俺がお世話になっている流派はいわゆるフルコンタクトというヤツで、寸止めはしない。打撃を相手に当てる。その方が実戦的だと思って、ここを選んだ。

 ただ、それも試合の時の話。普段から直接打撃を当てあっていては、お互いケガが絶えなさすぎる。

 なので稽古の時は特別の場合を除いて寸止めにする。それが暗黙の了解になっている。

 特に、決められた手順で行う『約束組み手』の時は直当てはしない。


 俺は久しぶりなので、約束組み手から始めてもらうよう先輩にお願いした。

 その後は自由組み手で直当ての洗礼を受けるだろうが。不義理をしたのは俺の方である。甘んじて受けさせてもらおう。



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