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ライバル  作者: 宮澤花
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6 冷たい雨 -2-

 翌朝はスッキリと目が覚めた。

 首は痛い。まあ、仕方ない。傷がふさがってくるまで、二、三日通院が必要とのことだった。傷口は浅いが、範囲が広いのと場所が場所なので大事を取る。そういうことらしい。


 先生が迎えに来てくれた。先生の愛車(軽自動車)で屋敷に向かう。

「和仁ももういないし、本来なら寮に返すところだが」

 先生はため息をついた。

「私も心配だしな。通院の必要がなくなるまでは家にいろ」

 その気遣いが嬉しかった。


 先生の家は宅地の中の、ちょっとした高台にある。商店街を左に折れて路地をしばらく行った後、今度は右折。砂利道に入る。これは私道で、先生の家にしか通じていない。

 タイヤの下で砂利がざらざらと音を立てる。


「ああ、ひとつ言い忘れていた」

 先生が言った。

「康介。目を合わすなよ」

 何が、と聞く暇もなかった。


 私道の脇の木立の間に、ほっそりした影が幽霊のように立っていた。

 Tシャツにジーンズ。茶色がかったやわらかそうな髪。女みたいな顔。

 ツボタだった。

 ヤツは車の中の俺たちを見て、何か言いたそうに口を開きかけ。そのまま、うつむいてしまう。

 車は停まることなくその前を通り過ぎた。


「先生、今の」

「気にするな」

 先生はぶっきらぼうに言った。

「昨日からウロウロしているが。もう無関係だ。お前もヤツに構うな」

「けど」

 俺は、振り返ろうとする。

「目を合わせるなと言ったろう。ついてきたら困る」

 ツボタは野良犬か、でなきゃ山から下りてきたサルか。動物扱いである。


 先生は気にするなと言うけれど、俺は気になる。柳の下の幽霊みたいにあんなところに立っていられたら、無視できないじゃないか。バカ野郎。

 俺は先生の顔を見る。浮かない表情だった。先生も本当は気になっているのだと思った。

 けれど昨日のことがあるから、厳しい態度を取っている。そうも思える。

 あの場に俺がいなかったら。先生とツボタ、二人だけだったら。

 話はもっと違う方に進んだのかもしれない。


 そう思うと、俺は何だかツボタにすまないような気がした。

 首の傷を包帯の上から触る。

 俺の選択が俺の運命だけでなく、誰かの運命も変えたかもしれない。

 そう思うことは、ひどく重かった。


 翌日は先生が車で学校まで送ってくれた。その時も、木の陰にツボタの影があった。

 夕方、病院に寄ってから先生の家に帰る。その時も、ツボタは木の陰に立っていた。


 目を合わせるなと先生が言うから、アイツの顔を見ないように歩く。アイツも俺から目を背けているように見える。

 二人とも口もきかず、目も合わせずに、俺はアイツの前を通り過ぎる。


 言えることなんか何もないし、何を言ったらいいのかも分からない。

 だけど、これでいいのか。

 疑問はあっても、どうすればいいのか分からない。


 次の日もその次の日も、ツボタはやっぱりその場所に一人で立っていた。


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