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ライバル  作者: 宮澤花
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6 冷たい雨 -1-

 救急車で応急処置してもらって、病院へ搬送される。

 総合病院とかではなく、先生が懇意にしている地元の診療所に行った。傷は大きかったが、幸い浅くて大したことはなかった。

 とはいえ出血は多かったので、その日は点滴を受けながら病院に泊まることに。


「どうしてこんな傷がついたのかね」

 医者に聞かれた。刃物の傷だというのは分かるんだろうなあ。いや、刃物じゃないとしても首にこんな傷があったら事情は聞かれるか。


「えーと。面白半分でナイフを見ていたら、手が滑って、自分で」

 そんな風に答えた。

 一緒に診察室にいた先生の眉がちょっと動いたが。結局、先生も何も言わなかった。

「面白半分でね……」

 医者は俺の説明が納得できないというように少し考えていたが。

「真理子お嬢さんの連れてきた子だから、これ以上は言わないが。君、命は大切にしなくてはいけないよ。自分でそれを断ったりしたら、ご両親がどれだけ嘆かれるか考えてみなさい」

 こんこんと諭された。

 俺は自殺未遂したと思われたらしい。行きがかり上、違いますとも言えないので黙ってお説教を受けた。


 それにしても。

 先生の家は旧家で地元からの信望も厚いとは聞いたことがあったが、まさか五十代半ばにして『お嬢さん』とは。そっちが衝撃だった、むしろ。



「どうしてあんなことを言った、康介」

 医者がいなくなった後。病室で先生はそう尋ねた。

「何がですか」

 点滴のせいか眠くなって、俺はぼんやりと答える。

「とぼけるな。和仁のことだ」

 ああ。あれか。

「いや、何となく」

 何か。言うほどのことでもないと思ったというか。


 先生は顔をしかめた。

「警察に被害届は出さないのか?」

「え、どうして」

 俺はむしろきょとんとしたと思う。

 先生はますます難しい顔をした。

「そう考えるのが普通だと思うが。お前は殺されかけたんだぞ」


 俺はしばらく考える。

「でも、アイツは誰彼構わず殺して回るようなヤツじゃないと思うし。俺のことだって、ほとんど勢いみたいだったでしょう。だから、もうやらないと思います」

 先生はため息をついた。

「お前は甘い。人を殺したことのある人間にとって、また人を殺すのは難しいことではないぞ。アイツは必要があればまたお前に刃を向けるだろう」


「必要があればでしょう」

 俺は言った。

「もともと、アイツに俺を殺す必要なんかなかったんだし」


 そう。だから俺は、アイツにそれほど悪い感情を持てないでいる。

 まあ、何すんだとは思ったし、八つ当たりで俺を殺そうとすんな、って怒ってはいるけど。

 でも別に俺はアイツを嫌いじゃないし。アイツも俺と話すのは楽しかったって言った。


「とにかく、お前が無事で良かった」

 先生は深いため息をついて言った。

 それから手を伸ばして、俺の首に巻かれた包帯をなでる。

「無事ではないな。ご両親に何と言って謝罪したらいいのか。これは全部、私の責任だ」


 これには俺がビックリした。

「やめて下さい。親になんか、言う必要はない」

「そういうわけにはいかない」

 先生は首を横に振る。

「嫌です。これは俺が、俺の責任で負ったケガです」

 俺は言い張った。

「先生はちゃんと危険だって説明してくれた。来るなとも言われてた。それでも同席したがったのは俺だし、アイツに簡単に組み伏せられたのも俺の未熟です。そんなこと、わざわざあの人たちに知らせる必要はない」


 先生はもう一度、ため息をつく。

「まだ、ご家族に意地を張っているのか」

 その言われ方は不本意だ。

「そんなんじゃありません。俺は、ただ一人立ちした人間になりたいだけです」

 俺は寝返りを打って、先生に背中を向ける。

「とにかく絶対に言わないで下さい。すぐ治るんだし、そんなこと一々知らせる必要なんかない」


 後は先生が何か言っても、俺は睡魔に襲われるに任せて。

 しばらくはぼんやりと受け答えをしていた気もするが、すぐに眠りの国へ避難することが出来た。



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