5 決裂 -5-
「死者を生き返らせることは出来んな」
先生は言った。
「それは誰にもできない。神様にすら、出来ないことだと私は思っているよ」
「ほら」
ヤツは嘲るように言った。
嘲るようだったけれども。落胆しているようにも見えた。
「出来ないんじゃないか。何にも出来ないんだ。なのに何か出来るようなフリして、救ってやるみたいなこと言って。は、本っ当……。バカみたい」
耳障りな笑い声がそれに続く。聞くに堪えない金属的な哄笑。
「お前、救われたいのか。和仁」
先生の声がその笑い声を裂いて、静かに部屋に響く。
「私は道を示すと言っただけ。救うなど、大それたことは言っていないが。お前は救われたいのか」
笑い声がやんだ。血走った両眼が先生をにらみつける。
殺意。
俺は初めてそれを明確に感じた。
昔、知らない男に蹴り回された時もこんな風には感じなかった。
このままでは死ぬとは思ったけど。アイツは蹴ることと、俺が苦しむのを見るのを楽しんでいただけで。はっきりと殺そうとはしていなかったのだ、と思う。
だけどツボタは今、本気で先生のことを殺したいと思ってる。ヤツの目がそう言っている。
「救いなんかない。そんなこと僕は分かってる」
そのままの顔で。ヤツは諦めたようにそう呟いた。
「そうかな。そここそがお前次第と思うが」
先生の声は初めと何も変わらない。落ち着いた静かな声だ。
「救いはあるよ、和仁。この世に救いはある。お前がそれを求めればだが」
ツボタの目が怒りで燃えた。
「ふざけるな! そんなたわごと、僕は聞きたくないんだよ! そんなもの、この世にはない。ないんだよ。この世は地獄なんだよ。この国だって平和に見えるけど、ひと皮めくれたら醜い本当の姿が隠れてる。それくらい僕が知らないなんて思うなよ!」
わめく。みっともなく、わめき散らす。
「たわごとではない。救いはこの世にちゃんとある」
先生は、変わらぬ声音で言った。
「たとえこの世が地獄でも、それは変わらない」
「ふざけるなって言ってるだろう……!」
その声と共に、ヤツが不吉な影のように動いた。
俺は、先生の身を案じて一歩を踏み出し。
次の瞬間、正面から飛びかかられてだらしなく尻もちをついた。
先生に向かっていくとばかり思っていたツボタが俺の上にいて、冷たい眼差しで見下ろしている。
俺の首筋にはナイフの刃が当てられていた。
冷たい。首筋に当たったナイフの刃は、ひどく冷たい。
傷を付けない程度に俺の肉と血管を押しているそれが動けば、俺は死ぬ。
呼吸が荒くなった。心臓が勝手に心拍数を上げる。
「き、貴様。どういうつもりだ」
かろうじて声が出た。
「ごめんね?」
なぜだか笑顔で、ツボタは言った。
「アンタに恨みはないけど。弟子にはしなくても、おばあちゃんがアンタのことを大事にしてるのは見てれば分かる。だからさ」
先生の方を見る。せせらわらうような表情。
「コイツが死ねば、アンタも少しは僕の気持ちが分かるのかな、って」
何だソレ。微塵も理由になってないぞ。そんな理由でコイツ、俺を殺す気なのか。
「やれやれ」
と、先生が言った。これまでと変わらない落ち着いた声だった。
「思い込みが激しいと言うか。一つのことしか見えないと言うか」
ため息をつく。
「戻せぬものを戻そうと悪あがきし、出来ないと分かれば八つ当たりか。お前はその程度の男か、和仁」
「好きなように言えばいい」
ヤツは呟いた。
「僕の気持ちなんか、誰にも分からないんだ」
いや、待て。
八つ当たりで殺されるのか、俺。それは殺される理由としてかなり最悪だぞ。
「他の全てに目をつぶってか? この世界にいるのはお前と弟だけではない。他の者たちも、お前と同じように喜んだり悲しんだり痛みを感じたりする。それをお前は見ないフリをして、全て踏みつけにして生きていくのか? 私の人形たちにしたように」
先生はいつの間にか手に人形を持っていた。昨日、ツボタがぶち壊した人形の一体だ。
布で出来た、茶髪の女の子だったと思うその人形は。
切り刻まれ引きちぎられ、無惨な布と毛糸と綿のかたまりになっていた。
「殺すのも壊すのも簡単なことだ。しかし生み出すことは容易なことではない。お前は道を求めているのだな、和仁」
ツボタが顔を上げた。その表情は硬いままだけれど。
その目にどこか、すがるような光が浮かんだ気がする。
「示せる道をアンタは持っているのかよ。でも……。もしそうなら、僕は……」
だが先生の声は厳しかった。
「では、お前が壊したこの人形たちを、全部元通りに出来るか? それが出来るなら、お前の道も開けるかもしれん」




