5 決裂 -4-
「まったく、お前というヤツは」
先生は時間をかけて自分を落ち着かせたようだ。
何とか平静な声で、まだベッドの上でゴロゴロしているツボタにそう言葉をかけた。
「昨日のことをまったく反省しておらんのだな。いったい、何がしたい」
「別に、何も」
ヤツは退屈そうにそう答えた。俺たちの方は見ない。
「人形とか写真とか、気持ち悪かったから壊しただけだし。大事なものがあるなら、他人なんか泊めなきゃ良かったんだ」
昨日と同じ論法である。
「他人には他人の大切なものがあるとは思わないのか」
「知らない。言ったでしょ、大事なものがある部屋なら、他人なんか通さなきゃいい」
目を合わせないままで言う。
先生はもう一度、ため息をついた。
「和仁、お前、何のために私について来た」
「それはこっちが聞きたいよ」
ヤツは、顔を上げた。初めて俺と先生の方をまっすぐに見る。
「アンタの言ったこと、嘘ばっかりだ。道を示してくれるなんて言って、うまいこと言って、全部ウソだったじゃないか。何のために僕を連れて来たんだよ。どういうつもり? 聞きたいのはこっちだよ」
「私は古流武術の最後の跡取りだ」
先生は言った。
「誰にも伝える気はなかったが、気まぐれでお前に教えてやっても良いと思った。実際、教えようとしたのだがな、お前はやろうとしなかったじゃないか。それについて何とか言われる筋合いはないが」
「じゃ、あんなことがアンタが僕に教えてくれようとしたこと。道を示すって、あんなことだったんだ」
ヤツは軽蔑したように、唇をギュッとひん曲げた。
「何だ。期待外れだ」
それへ向かって。
「では、お前は何を期待してここへ来た」
先生は厳しい声音で言った。
「何に迷い、何を求めた、少年」
「迷い……」
とたんに、ヤツは口ごもった。俺たちから目をそらす。
「別に。僕は迷ってなんかない」
「ではなぜ道を求めた」
先生の声音は厳しい。眼光はまっすぐにアイツをとらえて、逃げるのを許さない。
「別に……僕は、ただ」
ヤツは俺たちと目を合わせないまま、くぐもった声で言う。
「ただ、退屈してたから。何か、気晴らしになるかと思って」
「和仁」
先生の声は。憐れむような響きを帯びた。
「道を求める者は、道に迷う者だけだ。己が道を自信を持って歩んでいる者は、道など求めない。その必要がない」
それを聞いた途端に、ヤツの表情が変わった。顔を上げ、まっすぐに俺たちを見る。細い眉がぐっと上がって、眉間に深いしわが刻まれる。
唇をかみしめる。血が流れ出すのではないかと、心配になるくらいに。
「偉そうなことを言うなよな! お前なんか、何も出来ないくせに!」
声が高くなり、ヒステリックに軋む。
先生の声は静かだった。
「それは、お前次第だな」
「僕次第?」
ツボタの顔が。女のような、整った綺麗な顔が。醜く歪む。
「僕が努力すれば、何か変わるの。今の僕をどうにかできるの。僕の弟はさ、智礼はさ、僕のせいで死んだんだよ。僕が努力すれば、それがどうにかなるの。お前、トモを生き返らせられるのかよっ……!!」
それは荒々しくて、攻撃的で、動物の吠え声みたいで。でも、ひどく痛々しい叫びだった。
コイツは動物かもしれないけど。手負いの獣だ。
そう思った。
そして。
何があったか分からないけど、その弟の死を。コイツが心から悼んでいる、そのことは俺にも分かった。




