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ライバル  作者: 宮澤花
24/57

5 決裂 -4-

「まったく、お前というヤツは」

 先生は時間をかけて自分を落ち着かせたようだ。

 何とか平静な声で、まだベッドの上でゴロゴロしているツボタにそう言葉をかけた。

「昨日のことをまったく反省しておらんのだな。いったい、何がしたい」


「別に、何も」

 ヤツは退屈そうにそう答えた。俺たちの方は見ない。

「人形とか写真とか、気持ち悪かったから壊しただけだし。大事なものがあるなら、他人なんか泊めなきゃ良かったんだ」

 昨日と同じ論法である。


「他人には他人の大切なものがあるとは思わないのか」

「知らない。言ったでしょ、大事なものがある部屋なら、他人なんか通さなきゃいい」

 目を合わせないままで言う。

 先生はもう一度、ため息をついた。


「和仁、お前、何のために私について来た」 

「それはこっちが聞きたいよ」

 ヤツは、顔を上げた。初めて俺と先生の方をまっすぐに見る。

「アンタの言ったこと、嘘ばっかりだ。道を示してくれるなんて言って、うまいこと言って、全部ウソだったじゃないか。何のために僕を連れて来たんだよ。どういうつもり? 聞きたいのはこっちだよ」


「私は古流武術の最後の跡取りだ」

 先生は言った。

「誰にも伝える気はなかったが、気まぐれでお前に教えてやっても良いと思った。実際、教えようとしたのだがな、お前はやろうとしなかったじゃないか。それについて何とか言われる筋合いはないが」

「じゃ、あんなことがアンタが僕に教えてくれようとしたこと。道を示すって、あんなことだったんだ」

 ヤツは軽蔑したように、唇をギュッとひん曲げた。

「何だ。期待外れだ」


 それへ向かって。

「では、お前は何を期待してここへ来た」

 先生は厳しい声音で言った。

「何に迷い、何を求めた、少年」


「迷い……」

 とたんに、ヤツは口ごもった。俺たちから目をそらす。

「別に。僕は迷ってなんかない」

「ではなぜ道を求めた」

 先生の声音は厳しい。眼光はまっすぐにアイツをとらえて、逃げるのを許さない。


「別に……僕は、ただ」

 ヤツは俺たちと目を合わせないまま、くぐもった声で言う。

「ただ、退屈してたから。何か、気晴らしになるかと思って」


「和仁」

 先生の声は。憐れむような響きを帯びた。

「道を求める者は、道に迷う者だけだ。己が道を自信を持って歩んでいる者は、道など求めない。その必要がない」


 それを聞いた途端に、ヤツの表情が変わった。顔を上げ、まっすぐに俺たちを見る。細い眉がぐっと上がって、眉間に深いしわが刻まれる。

 唇をかみしめる。血が流れ出すのではないかと、心配になるくらいに。

「偉そうなことを言うなよな! お前なんか、何も出来ないくせに!」

 声が高くなり、ヒステリックに軋む。


 先生の声は静かだった。

「それは、お前次第だな」

「僕次第?」

 ツボタの顔が。女のような、整った綺麗な顔が。醜く歪む。

「僕が努力すれば、何か変わるの。今の僕をどうにかできるの。僕の弟はさ、智礼はさ、僕のせいで死んだんだよ。僕が努力すれば、それがどうにかなるの。お前、トモを生き返らせられるのかよっ……!!」


 それは荒々しくて、攻撃的で、動物の吠え声みたいで。でも、ひどく痛々しい叫びだった。

 コイツは動物かもしれないけど。手負いの獣だ。

 そう思った。


 そして。

 何があったか分からないけど、その弟の死を。コイツが心から悼んでいる、そのことは俺にも分かった。


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