5 決裂 -3-
俺は、顔を上げないソイツをじっと見る。何のために俺はここにいるんだろう。
先生を避けるだけなら自分ひとりで食べたっていい。コイツが言うように、食事を渡しただけで立ち去ればいい。けど、俺は廊下に座って、コイツと話しながら食べるのを選んでる。
「何でここで食うのか、って、自分でもわからないけど」
俺は考え考え言う。
「お前とは会っていきなりやりあったり、いろいろあったけど。そうだな、どんなヤツなのか知りたい、って気持ちはきっとあった。それがお前の言うような好奇心なのかどうかは分からない。不快な思いをさせたんなら、申し訳ないとは思う」
そんなつもりはなかったけれど、俺のやっていることは珍しいもの見たさに過ぎないのかもしれない。自分でも分からない。
「でもお前、普通だし。いや、フツウって言っていいのかな。なんていうかいろいろ面倒くさいヤツで鬱陶しいと思うけど、でもなんて言うか、普通の人間だし」
人を人とも思わない殺人鬼とかじゃない。気がする。
「えーと。だから。お前がひとりで、閉じ込められてメシを食ってるのは、なんかイヤだったというか。先生は一人でも、アイドルグループのDVDでも見てるだろうから別に大丈夫だろうし」
俺は頭をかく。
「俺の理由なんてそんなものだ。やっぱり不快か?」
ツボタはしばらく黙っていた。それから顔を上げて、すねた子供のような表情で俺を見て。
「知らない。何なの、アンタ。バカじゃない?」
と言って、
「好きにすれば」
と付け加えた。
その後はゆっくりゆっくり時間をかけて、カップの中のホットミルクをちびちびとすすっていた。
で。飲み終わったホットミルクのカップは何とか回収したが、ツボタのヤツ。カレー皿とフレンチトーストの皿はよこさない。
「後で食べたくなるかもしれないし」
とか言ってるが。昨日の夜からほっぽりっ放しのカレーを今さら食うのか、お前は。
キッチンで洗い物をしていると、先生が庭の方からリビングに入ってきた。俺がいない間に鍛錬をしてきたらしい。
「シャワーを浴びてくる」
先生は言った。
「その後、和仁と話す」
その目が、お前はどうする? と聞いているようで。
「俺も行きます」
と、俺は即答していた。
先生は天井を向いて軽くため息をつき。
「話の展開によっては、命の保証は出来んぞ。虎の檻に踏み込むつもりで来い」
とだけ言った。
風呂上がりの先生と二人で客間に向かう。
先生が重そうな鍵を鍵穴に入れ、回した。カチリという金属音が響く。それから、先生はノックをする。返事はない。
「和仁。入るぞ」
声をかけてから、先生はドアを開けた。
その中は。
惨劇……!!!
ベッドとテレビ以外の室内のあらゆる家具は引っくり返され、壊されたり、大きな傷がつけられている。カーテン、テーブルクロス、絨毯など布類はみな、ビリビリに切り裂かれていた。
昨日のカレー皿は完全放置。カレーにもフレンチトーストにもコバエがたかってる。
そしてベッドの上にはパジャマで眠りこけるツボタ。ていうか、まだパジャマなのかよ。もうすぐ昼だよ。いい加減に着替えろっての。
先生は、黙ったまま震えている。無理もない。昨日のお人形コレクションとポスターの被害に続いて、先生が蒙った被害は大きい。
こっちも監禁とかしてるから被害者面も出来ないが、それにしてもこれはヒドイ。
俺は窓に向かった。昨日から一度も開けていないのか、空気が淀んでいる。
こっち側の棟の部屋の窓には全部、格子戸が取りつけられていて窓からの出入りは出来ない。
俺は今の今までてっきり防犯対策だと思っていたのだが、もしかして監禁したヤツを逃がさないためでもあるのだろうか。奥が深い、山城家。ていうか怖えよ。
「起きろ、バカ者!!」
先生は、寝ているツボタの頭をぶったたいた。乱暴な起こし方だな。
ツボタは、うーんとか言いながら、もそもそと頭を上げた。目がとろんとしている。明らかに寝ぼけ気味だ。
「コラ! この部屋の有り様はどうしたことだ?!」
容赦なく詰問する先生。
え? とツボタは首をかしげて。ぼんやりと部屋を見回した。
だんだん頭の焦点が合って来たのか、やがてニッコリと笑って。
「監禁されて、腹が立ったから。報復」
と明るく爽やかな口調で言い切った。
「あのな。お前、自分の意志で先生について来たんだろうが」
たまりかねて口をはさむと。
「そんなの監禁された時点でチャラでしょ」
と返される。
うん、まあ。そう言われると言い返せないが。




