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キラー

若干の性描写有です。ご注意下さい。

 “レイニーボーイ”



 “僕は雨男”



 “僕が出掛ければ雨が降る”



 雨が降る中、お気に入りの赤い傘を差して夜の街を歩く。



 視界に写るネオンがよどんでいる。



 “レイニーボーイ”



 “僕は雨男”



 “晴れ女に恋い焦がれるのさ”



 マイナーなアーティストの歌を口ずさみ、ぴちゃぴちゃと水をはねかしながら歩く。



 夜の街は好きだけど、雨は嫌い。



 大通りから脇道に入ると、一気に辺りは暗くなる。



 “レイニーボーイ”



 “僕は雨男”



 “雨が止むのを待っているのさ”



 暗い路地に微かに響く歌声。



 頭の中ではハスキーな声が歌っている。



 一人路地を歩いていると、前の方に黒い塊が見えた。

 何かと思い、近づくとそれは人だった。

 若い男が傘も差さずに地べたに座り込んでいる。

 酔っぱらっているのだろうか?

 建物の壁にもたれかかり、俯く男の顔は見えない。

 薄茶色の髪は天パなのか、雨に濡れてうねっている。

 僕は男の前にしゃがみこみ、男の顔を除き混むように自分の顔を近づけた。

 何故、そんなことをしたのか自分でも分からない。

 男は寝ているようにも、死んでいるようにも見えた。

 そのまま顔を徐々に近づけていると、急に男の右手が動き、僕の頭を自分の方に引き寄せた。

 突然のことで、僕は抵抗することも出来なかった。


 傘が僕の手から落ちる。


 冷たい雨が僕の髪を濡らした。




 そっと触れ合った唇は冷たかった。




 固まる思考ーー。



 ゆっくりと唇が離れ、ようやく正常な思考が戻る。

 やられた……。

 顔をぐちゃぐちゃに潰してやる。

 猛烈な怒りが込み上げ、ナイフを取り出しかけた。

 けれど、男の顔を見て手の動きが止まる。

 焦げ茶色の瞳にはっきりと分かる垂れ目。それから、左目の下には泣きぼくろ。

「……あ」

 笑みの形をした男の口が小さく開いた。

「ねぇ……。今夜泊めてくれない?」

 冷たい唇が紡ぎだした言葉は掠れていたーー。



 * * * * *



 玄関を開けると、そこには嘘つきの相棒が立っていた。

 起きていたのか……。

 時刻は午前一時を過ぎている。

「おかえり。犬猫ならいざ知らず。まさか男を連れ帰ってくるとはね」

 不機嫌そうな相棒は僕を嘲るように言った。

「お前には関係ない」

 そう冷たく言ってから、靴を脱ぎ部屋の中に入ろうとする。

 しかし、とおせんぼするように奴は廊下の真ん中に仁王立ちしていて、入れない。

「……あれ? 彼氏?」

 くすくす笑うようにハスキーな声が後ろで言う。

 そちらを相棒はギロリと睨んだ。

「誰?」

 視線を僕に戻して尋ねてくる。

 誰って、名前は僕も知らない。

 でも、一つだけ知っていることがある。

「キラーのボーカル」

 そう答えると相棒はキョトンとした顔をする。

「は?」

 不愉快だな。

 何で僕がこんなことに時間を取られなくちゃいけないんだ?

「だから、キラーのボーカル」

 言い終えると、目の前でとおせんぼしている男を押し退け、無理矢理部屋の中に入る。

 濡れた服を脱ぎ捨て、着替えを探す。

「ちょっ……! 何してるの!?」

 後ろで相棒の慌てた声がする。

 それから、彼の口笛。

「大胆だねぇ」

 朝脱ぎ捨てたパーカーが床に落ちていたので、それを拾い上げ袖を通す。

 サイズが大きい為、太股まで隠れる。

 下は履かなくていいか……。

 自分の着替えを済ませてから、彼の着替えを探す。

 僕も相棒も身長は低めだ。

 特に奴は男の割に背は低いので、彼のサイズの服がない。

 さて、困ったな。

「俺の服なら気にしなくていいよ。裸で寝てもいいし」

 振り返って彼の顔を見ると、彼は笑っていた。

 彼の唇は常に笑みの表情をキープしているかのようだった。

「なら、いいか……」

 本人が構わないならいいだろう。

「服脱いで。洗う」

 僕はそう言って、先程自分が脱ぎ捨てた服を拾い集める。

「ちょっと! 何言ってるの! ? こんな得体の知れない男を泊めるつもり? しかも裸で?」

 ヒステリーを起こしたようにかん高い声で叫ぶ嘘つき。

「うるさい。気に入らないならお前が出ていけ」

 そう言って、はさみを持ちその先を相手に向ける。

 すると、奴は怯んだように半歩下がる。

「出てけ」

 もう一言、僕がそう言うと奴は拗ねたような顔をして分かったと言う。

 鞄を手に取り、無言のまま相棒が家を出る。

 それまで僕はずっと鋏を向けたままだった。

 奴が出ていくと、彼はくすりと笑う。

「面白いね。君達」

 僕はその言葉は無視して、鋏を持った手を下ろす。

「お風呂入って、沸かした」




 * * * * *



 彼は風呂から上がると、本当に全裸で出てきた。

 僕もそれでいいとは言ったけれど、少しは隠すかと思ったから少し驚いた。

 それから、僕も風呂に入った。

 雨で濡れていたから、温かい湯はとても心地よかった。



 * * * * *



 男女が同じベッドで寝たら、やることは一つ。

 しかも片方が裸となれば、尚更。

 言っておくけど、僕は処女じゃない。

 でも、それは酷く久しぶりの経験でーー。

 久しぶりに体内へと入ってくるその感覚はとても異質なもののように感じられた。




 行為が終わって、二人で裸のままタオルにくるまった。

「中にごめんね?」

 全然侘びれてない様子で言う彼。

 きっと慣れてるのだろう。

「別に構わない。責任とか気にしなくていいよ」

 そう言うと、少し目を見開いてから、クスクスと笑う。

「いいの? 本当に気にしないよ?」

 歌は全然そんな感じしないけれど、本人は結構軽い調子の人間なんだな。

 そう思った。

「別に。僕、妊娠しないし」

 ずっと前、レイプされたことがある。

 その時に病院に行って分かったことだ。

 僕は子供を産めない。

 勿論、生理も一度もきたことがない。

「子供、産めないの? 可哀想だね」

 隣で天井を見上げ、何とも思ってないように彼は言った。

 可哀想?

 不愉快だ。

「何で? 女として不能だって言いたいのか?」

 僕の声には不機嫌な調子がモロに出ていたと思う。

 彼は口角を上げて、目線だけこちらに向ける。

「怒った?」

 ムッとして、枕を投げつける。

「嫌な奴」

 そのまま、ベッドを出て床に落ちているパーカーを拾う。

 さっきまで着ていたものだけれど、すっかりと冷えてしまっている。

 それに袖を通していると、彼は僕の背後で言った。

「女としてじゃなく、しゅとして、だよ」

「どういう意味?」

 僕は振り返って、訪ねる。

 彼は片方の肘をついて、上体を半分起こして僕を見ていた。

「これは俺の考えだけど、全ての種族の生きる目的は、しゅを残すことなんだ」

 彼の口から紡がれる生きる意味。

「それって、どういう意味?」

 僕が訪ねると、彼はにっこりと笑う。

 よく笑う男だ。

 アイツみたいーー。

「種族の繁栄だよ。たとえ、一個体が死んでもしゅが生き残っていればいいのさ。種族を絶やさないように、延々と死んでは産んでを繰り返すのさ」

 ハスキーな声で歌うように、紡がれていく言葉と思想。

「分かりやすくいうなら、牛のモウ子がいたとして、モウ子が死んでも、牛という種族が生き残っていればいいんだよ。だから、モウ子は子供を産んで牛という種族が絶えないようにする。その為に生きている」

 あくまで俺の考えだけど、と彼は最後に付け加える。

 彼は肘をつく体勢に疲れたのか、再びベッドに仰向けになる。

「でも、それじゃあ意味ないよ。産んでもまた死んでいくんだから」

 僕が反論すると、彼は首を横に振った。

「そうじゃないよ。死んでも、また産むんだ」

 考え方の違いだね。彼はそう笑った。

 僕には笑えなかった。

「俺の考え方にのっとれば、子供を作れない君は生きている意味なしだね」

 嫌な言い方。

 凄い意地悪だ。

 歌は凄く素敵なのにーー。

 歌ってる人間は最低だ。

「何で、バンド解散したの?」

 彼は、キラーというマイナーなバンドのボーカル。

 確か名前はスモーカー。

 日本語にすれば、煙。

 先ほど口ずさんでいた歌はキラーの歌だ。

 知ってる人なんて両手足の指の数で足りるくらい無銘な歌だ。

 キラーは今年の春に解散した。

 理由は知らない。

 マイナーだから、ニュースにもならない。

 ネット上のファンの間では様々な憶測が飛び交っていた。

 彼は天井を見たまま僕の質問に答えない。

 僕はベッドに近寄って、彼を見下ろす。

「なぁ? 答えろよ」

 そう言うと、彼は笑った。

 本当によく笑う男だ。

「シンナー。分かる?」

 スモーカーがそう言った。

 僕は頷く。

 彼が言っているシンナーは麻薬のことじゃなくて、人の名前だ。

 キラーのベースを担当していた人で、バンドの中で唯一の女性。

「捕まったんだ。麻薬で」

 その言葉に一瞬固まった。

 そんな僕にはお構い無しにスモーカーは話を続ける。

「シンナーの名前は、彼女が麻薬中毒だったから付いた名前だ。僕はヘビースモーカーだから、スモーカー。単純だろ?」

 彼の顔は苦しそうで、それでも笑みの形を保っていた。

「バンドの皆は彼女が麻薬中毒者なのを知っていたけれど黙ってた。見て見ぬふりしてたんだ」

 まるでそれを後悔している、というふうに彼は言った。

「捕まった時、彼女が麻薬をしてたこと知っていたか警察に聞かれたけど、皆口を揃えて知らないって言ったよ。薄情なもんだよなあ」

 そう笑う顔がとても痛々しかった。

 僕には何て声をかければいいのか分からなかった。

「ベースが欠けちゃあ、バンドは出来ない。元々、大して売れているわけでもないし、潮時だったんだよ」

 薄暗い部屋の中で、彼が泣きそうな顔をしているように見えた。

「……私は好きだったけど。キラーの歌」

 僕には何も伝えることが出来なくて、言えたのはただそれだけ。

「そう? ありがとう」

 微笑むと垂れ目がさらに垂れて、とっても悲しそうで優しそうだった。






 ベッドに潜り込んで、そっと寄り添った。

 それが僕の優しさってやつだ。

「どうして、aなの?」

「えっ?」

 僕がふと、呟いてみた。

 前から気になっていたことだ。

「どうして、リピートのcrashはaなの? uじゃなくて」

 僕が言うと、彼は何のことか分かったというように頷く。

「よく聞かれるよ。壊すって意味ならuのほうが合ってるってね」

 天井を見つめる彼。

「でも、あれはaでいいんだ。大破するってイメージだから、uじゃ物足りないんだ」

 大破か……。

 僕も同じように天井を見つめた。

 僕の目に写ったのは、何もない白い天井。


 “リピートアフターミー”



 突然聞こえたハスキーな歌声。

 僕は何も言わず黙って目を閉じ、それに耳を傾けた。



 “ねぇ? 思ったことはない?”




 “なんて、退屈な毎日だろう”




 心地好いハスキーな歌声を子守唄に、僕は眠りについた。




 * * * * *




 翌朝、目が覚めると、彼は既に部屋を出ていった後で、大層ご立腹な様子の相棒が帰ってきていた。

「悪かったよ」

 僕にしては珍しく謝ったが、奴はプンスカプンスカ怒っていた。

 棚の上にメモが置いてあって、お世話様の一言とスモーカーのサインが書いてあった。

 それに口角を上げて、台所に向かう。

 後ろではキャンキャンと騒いでいる相棒。

 ガスコンロに火をつけて、メモに火をつけた。

 ゆっくりとジワリジワリと焼けていく紙を眺めて、手を火傷しないうちに流し台に捨てる。

「……いいの?」

 それを見ていた相棒の言葉。

 似合わない真面目な顔して。

「何か文句でも?」

 そんな奴を嘲笑うように口角を上げて、果物ナイフを袖に隠し持つ。

 奴は黙って首を振った。

 僕はそれを見てから、黙って玄関に向かった。

 嘘つきは何も言わない。

 僕も何も言われたくなかった。

 玄関のドアを開けて、後ろ手に閉めるとバタンと大きな音がした。

 少しドアに寄りかかって、晴れ渡った空を見上げる。

「……さよなら」

 青い空を見上げて呟く。

 さよなら、キラー。

 さよなら、スモーカー。

 そして、さようなら。

 紗菜さな



 寄りかかるのを止めて、歩き出した。

 ポケットに手を入れて、当てもなく街をさ迷う為に歩き出す。

 僕はキラーじゃない。

 殺人鬼。

 今日も誰かを殺す為に歩き出すーー。

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