リフレイン
1話1話ある程度の完結したお話にしています。
残酷描写があるのでご注意下さい。
リフレインーー。
繰り返す。
refrainーー。
今日もまた。
りふれいんーー。
僕はまた。
リフレインーー。
繰り返す。
* * * * *
人を殺すのってどんな気持ち?
さぁ?
そんなの自分で考えてみれば?
自問自答を繰り返す。
窓辺に椅子を置いて外を眺める。
外は雨が降っている。
ざぁーざぁーと降り続く雨。
嫌だなぁ。
雨は嫌い。
どうして?
さぁ?
何でだろう?
でもーー。
何だか気持ち悪いだろう?
「僕は好きだよ。雨」
まるで僕の心を読んだかのように相棒が言う。
人懐っこい顔をして、笑う。
けれど、その笑顔の裏には蛇がとぐろを巻いている。
天使のような顔して平気で嘘をつく。
おお嘘つきの僕の相棒。
「何で?」
僕は不機嫌なのを隠すそぶりすら見せずに言った。
そうーー。
今、僕は最高に不機嫌だ。
「ほら。よく聞いてみてよ。まるで魚が海面で跳ねているみたいだ」
今何て言った?
ざあざあと降る雨の音を、こいつは魚の跳ねる音だってよ。
馬鹿馬鹿しい。
「意味が分からないな。どこが魚の跳ねる音なんだ?」
「よく耳をすましてごらん」
そう言って目を閉じる。
「空という名の海から、雨という名の魚が、大地という名の海面で跳ねているんだ」
言い終えると目を開いた。
そうして僕に向かって微笑んでみせる。
「凄くロマンチックだと思わない?」
それに対する僕の感想。
こいつ頭は大丈夫か?
「意味分かんね」
僕がそう言ってそっぽを向く。
こいつに付き合っていてもまともなこと言わないのだから、付き合うだけ時間の無駄だ。
「分からないの?」
奴はそう言って僕の後ろでクスクスと笑う。
イラっときて奴を睨み付ける。
でもこいつは笑うのをやめない。
自分の頭を人差し指で指し、首を傾げる。
そしてーー。
「あったま悪いんじゃなーい?」
そう言って思いっきり意地くその悪い顔をする。
人を小馬鹿にした顔。
カチンときて何も言わずに渾身の力を込めて奴の顔を殴る。
だか、こいつはそれをひょいとよける。
くそっ。
空振った僕は前のめりに椅子ごとよろけてしまう。
それを見てこいつはクスッと笑う。
僕は恥ずかしさと殴れなかった代わりにこいつの顔を思いっきり睨み付ける。
「おお。怖い怖い」
そう言って背を向けて僕から距離をとる。
「顔はやめてよ。自慢の顔なんだからさ。僕の商売道具だよ」
そう言って振り返り笑う。
一見ナルシストのように思える発言だか、こいつの顔は確かに整っている。
だが、それは中性的な整い方で格好いいというより、こいつは可愛らしい顔立ちをしている。
初めて会ったときは女かと思ったほどだ。
緩く跳ねた天パの髪の毛は明るい茶色。
大きな栗色の瞳に羨ましいくらい長い睫毛。
全く神様は不公平だとこいつに会ったときほど思ったことはない。
僕がずっとムッとした顔をしていると何を勘違いしたのか、こいつは。
「何? 僕にかまってもらえなかったから、拗ねてるの?」
そう言ってクスクスと笑う。
「な訳あるか!」
僕がそう言うとさらに笑い声は大きくなった。
「冗談だよ。僕の顔に嫉妬してたんでしょ」
うっ……。
それは事実なので反論出来ない。
くそっ。
こういう時正直な自分が恨めしい。
「君って本当に正直だよね」
奴はクスクスと笑うのをやめない。
「うっうるさい! 笑うな!」
笑われて思わず顔が赤くなってしまう。
それが奴をさらに助長させるのだと分かっていても、自分ではどうしようもない。
「くそっ」
僕は立ち上がって玄関へと向かう。
「あれぇ? どっか出掛けるの?」
奴はクスクス笑いをやめずに言う。
こいつ。僕のこと馬鹿にしやがって。
「うるさい。いつものやりに行くだけ」
僕は淡々とした表情で奴を睨み付け、外に出た。
「もう。君ってば本当に可愛いんだから」
僕はクスクスと笑う。
さて、僕もお仕事しなくちゃね。
ぴちゃぴちゃと跳ねる魚の音。
「全く。君ってば傘を忘れちゃ駄目じゃないか」
僕は時計を見る。
まだ、早いね。
でも、たまには君の仕事ぶりを見るのもいいかな?
そう思い、僕は傘を一つだけ持って彼女の後を追った。
* * * * *
雨は嫌い。
濡れると寒いし、惨め。
でも、晴れの日も嫌い。
日射しが眩しいし、一人だと悲惨な気分。
雪も嫌い。
冷たくて寒いし、何より白いのが気にくわない。
風が強いのも嫌。
お前は邪魔だって言われてる気分になる。
それを考えると雨はまだマシなほうかな?
雨は僕に相応しいかもしれないな。
いや。
僕よりも、相応しいのはあいつのほうか。
そんなことを考えながらぶらぶらと歩く。
冷たい雨に打たれながら。
ねぇ?
今日は誰にする?
いやいや。
誰にするかなんて重要じゃないよ。
重要なのはどう殺すかだよ。
そうだね。
でも、今の手持ちじゃ内臓引きずり出すくらいしか出来ないかな?
ああーー。
何だかもう。
殺したくて殺したくて堪らない。
自分の中から溢れ出す殺戮衝動が抑えられない。
その時、ちょうど目の前を女が横切った。
セミロングの茶色の髪に真っ赤なコート。
ヒールを履いたちょっと背の高い女。
僕は口の端が自然とつり上がるの感じた。
あの女にしよう。
決めてしまえば後は早い。
背は女のほうが高かったので、喉を掻き切るのではなく、背中を思いっきり刺してやった。
そのまま、うつ伏せに倒れようとする女をひっくり返して仰向けにして倒し、その上に馬乗りになり今度は腹を刺す。
「あっーー」
女が声をあげる。
まだ意識のある女は抵抗する。
僕はその女の腕を切る。
また、女が呻く。
うるさいなぁ。
「だっ誰かーー」
女が助けを呼ぼうとする。
だが、その声は恐怖で掠れ遠くまで届くことはなかった。
僕は女の喉にナイフを突き立てた。
ぐえっと醜く女が鳴いた。
喉に突き立てるのには少し力が必要だが、僕は何度もやってるので手慣れたものだ。
すると、女は動かなくなった。
上手く死んでくれたようだ。
それとも気を失ったのか?
まぁ、どっちでも同じこと。
僕は喉に突き刺したナイフを引っこ抜き、再び腹を刺す。
そのまま、何度も何度も繰り返し刺す。
血がびちゃびちゃと飛び散って、快感だった。
そのまま、行為を続けていると不意に雨がやんだ。
空を見上げると真っ赤な色が目に入った。
後ろを振り返ると奴が僕の背後に立って、傘を差し出していた。
「こんなに濡れて、風邪ひいちゃうよ」
奴はそう言って笑う。
なんだか興醒めだ。
僕はナイフにこびりついた血を女の服で拭きとるとポケットの中にしまった。
そして立ち上がり傘を手に取ろうとして気付く。
「お前、傘は?」
奴の手には僕のお気に入りの真っ赤な傘が一つ。
奴はニコニコして笑っている。
「まさか、一つしか持ってきてないとか言うなよ」
「そのまさかだよ。相合い傘して帰ろうよ」
そう言って笑う。
こいつはいつも気持ち悪いくらいよく笑う。
でも、こいつの笑顔自体は気持ち悪くない。
だって、こいつの顔にナイフを突き立てようと思ったことはないんだから。
僕にしては珍しいことだ。
でもーー。
「これは僕の傘だ。誰がお前なんかに使わせるもんか」
それと、相合い傘するのは別問題。
僕はそう言って傘を奪い、そのままスタスタと歩き出す。
「そんな冷たいこと言わないでよ。せっかく迎えに来たのに」
奴はそう言って僕の隣に追い付く。
ちゃっかりこいつは僕の傘の中に入ってる。
迎えに来た?
「何言ってんだ?」
僕は嘲るように言う。
「僕の殺しを観察してたくせに」
そうこいつは物陰からずっと見ていたのだ。
僕があの女の背中を刺したところから腹をぐちゃぐちゃにするまでをーー。
ずっとーー。
僕がそう言うと奴は詫びれ気もなく言った。
「あっ。やっぱりバレちゃった? 気付いてるかなぁとは思ったんだけどさ」
そして笑う。
笑う。
わらう。
ワラウ。
笑う。
嘲笑うーー。
「安心して、ちゃんとバレないように、君が捕まらないように処理してあげるから」
これはいつものこと。
いつもこいつは勝手に僕が殺した奴を表にバレないように処理する。
もしくは警察の手が僕に届かないようにする。
一体どうやってるのかは僕は知らない。
興味もないけれど。
ただ、
こいつは何故僕に手を貸すのか?
そこだけは気になった。
僕には甚だ疑問だった。
こいつにメリットなんて何もないのにーー。
僕は人殺しだ。
どうして、人殺しを助けるの?
まぁ、それで助かってるのは事実でーー。
僕にはメリットしかないんだけどさ。
まぁ、強いて言うならこいつがウザいことくらいかな、デメリットは。
僕は何度か聞いてみたが、その度にはぐらかされている。
まぁ、僕は殺せればそれで満足なんだけどさ。
* * * * *
何の為に殺すの?
何の為でもないよ。
誰の為に殺すの?
誰の為でもないよ。
何で殺すの?
さぁ?
何でかな?
殺したいの?
殺したいんだよ。
壊したいの?
壊したいよ。
……。
壊れたいの?
……。
ああーー。
そうだよ。
朝起きて
昼になって
夜は人を殺しに行く。
そうして、眠りについて
再び朝が来る。
それをひたすら繰り返す。
同じことの繰り返しほど、愚かで滑稽なことはないだろう。
そしてーー。
平凡であることほど、残酷なことはないだろう。
当たり前ほど、無情なことはないだろう。
平凡で当たり前の毎日から抜け出したいのならばーー
変化を望み、日常を捨てろ。
常識に縛られずに、全てを壊せ。
今までの自分を捨てて、全部、全部壊せばーー
あとは勝手に転がり出す。
一度転がり出せば、もう止まることはない。
後戻りなんて出来やしない。
だったらひたすら前に進むだけ。
馬っ鹿みたい。
前に進まなくたっていいよ。
あとは勝手に成るように成るんだから。
適当に
そう。
適当に
壊せばいいんだ。
そうして日常を壊せ。
でも、
僕は壊したのに
また
繰り返してる。
同じ日々を繰り返してる。
リフレイン。
繰り返しの毎日。
どうすれば、
壊れる?
平凡でありきたりの毎日から抜け出したくて、壊した日常ーー。
繰り返すのが、嫌になって全部めちゃめちゃにした。
それなのに、
僕はまた
繰り返してる。
同じ毎日を繰り返してる。
これもまた
当たり前になってしまった?
一体どうすれば、充足感は得られるの?
どうすれば、もっと満足出来る?
何をしても満たされなくてーー。
もっと壊したい。
もっと壊れたい。
もう何もわからない。
もう何も分かりたくない。
それでも明日はやってくる。
リフレイン。
繰り返しの毎日。
もう。
壊れてしまいたくてーー。
それでも、壊れることが出来なくてーー。
* * * * *
瞼を開けると目尻から涙が零れた。
何か夢を見た気がするけれど、どんな夢かは思い出せない。
でも夢ってのはそんなものだ。
「おはよう」
隣で奴が笑う。
どうやら先に起きていたらしい。
「人の寝顔を見てて楽しいか?」
泣き顔を見られてしまった気まずさから、つい睨んでしまう。
「君の可愛い寝顔なら何時間見てても飽きないよ」
歯の浮くような台詞をさらっと言う。
思わず鳥肌がたつ。
「気持ち悪いこと言うな。一欠片もそんなこと思ってないくせに」
僕は起き上がりベットから抜け出しつつ言った。
すると、奴は布団にくるまったまま笑う。
「当たり前じゃないか。僕は嘘つきの狼少年だよ。君のこと可愛いなんて思ってたらこんなこと言わないよ」
遠回しにブスと言われた気がしてカチンときたがここは無視しておく。
一々怒っていたらきりがない。
僕はカーテンを開けに窓へ向かう。
カーテンを開けると眩しいくらいの日射しが窓から部屋の中に入り込む。
眩しさに目を細めていると奴が後ろから僕を抱き締める形で寄りかかってきた。
「急にどうしたんだよ。気持ち悪い」
こいつ中々に重いなぁとか思いつつ言う。
「別に。ただ、あとどれくらい一緒にいられるのかなって思ったら寂しくなっちゃってさ」
何だこいつ?
今日は少し様子が変だな。
「どうしたんだよ。急に」
僕は少し心配になって奴の様子を伺う。
するとーー。
「クックッ」
肩を震わせ笑っていた。
そして、僕から離れると声をあげて笑い出す。
こいつ!
騙しやがった。
「ああ~。おっかしい」
そこでクスッと笑う。
「簡単に騙されちゃって。君ってば本当に騙しがいがあるよ。可愛いね」
そう言って笑う。
くそっ。
こいつ、人が心配すれば調子にのりやがって!
「もう知らね! お前いつか絶対に殺してやる」
そう言って睨み付ける。
「期待してるよ。可愛い天使」
くそ~。
全く心配して損した気分だ。
でもーー。
「いつまでも一緒ではいられない」
ぼそりと呟く。
始まりのあるもの全て必ず終わりがある。
いつかはこの毎日も終わる。
繰り返すのは嫌いだったはずーー。
なのに少し残念に思う自分がいる。
ピンポーン
その時と突然チャイムがなった。
こんな朝から一体誰だ?
疑問に思いながら、玄関を開けた。
そこに立っていたのはスーツ姿の男と女。
「朝早くから、すみません」
男はそう言って謝ってきた。
背が高くがたいもいいが気が弱そうな男だった。
「どちらさまですか」
僕が尋ねる。
全く見覚えがないがあいつの知り合いか?
すると、男と女はスーツのうちポケットから手帳を出して言った。
「警視庁捜査一課の溝内と申します」
「同じく柳谷です」
あっ。
警察だーー。
「少しお話を聞きたいのですがよろしいですか?」
僕の、
僕らの
日常が壊れた瞬間だったーー。
終わりはいつだって
唐突にやってくるんだ。
誤字脱字があればお願いいたします。