クロ
「死んじゃった」
「え?」
「…クロが…」
「飼い猫の?」
「…うん」
「災難だったね」
同情のかけらも無さそうな、薄情な台詞だと我ながら思う。けれども、仕方のないことだよ。
「泣けば気が紛れるんじゃない?」
そうかな。
そうだよ。
そんなやり取りをした後、彼は泣いた。
クロは今日の話と合わせて、十三回死んでいる。
最初の一回目は病死。
二回目は、最初は意味がわからなかったけど、今となれば全て理解できる。
その後は、クロと自分しか知らない死に方をしている。
彼は誰の目から見ても伝わるくらいに、本当にクロを愛している。
クロがいない今の生活でも、ずっと。
愛情の量がでかすぎてコントロールできなくなってるんだ。
クロの初めての死から一週間ほど経った日に
「クロが死んじゃった」と彼の口から告げられた。
「クロ?クロはもういないよ」と言うと
「死んじゃったんだ」と言う。
仕様がないから
「どうやって?」と聞くと
「誰かにいじめられて」そう答えた。そして泣いた。自分はどうすればいいのかわからなくて、困ってた。
更に一週間経つと
「クロが死んじゃった」
あとは二回目と全く同じ会話。どうしたんだろう?と本気で心配した。
そして一週間直前の夜、ある目的のため外を出歩いた。
彼の家の庭を見に行く。クロの正体を突き止めなくては。
着いた矢先には、猫の潰れた鳴き声が聴こえるなんて思ってもみなかった。しかも、乱暴な音と共に。
彼がクロを、バットで何度も叩いていた。
「クロじゃないクロじゃないクロじゃないクロじゃない」と呟きながら。
原型を留めなくなって、やっと動かなくなった頃に彼はその行為を止め、家の中に入っていった。
その猫は、黒かった。
後日、
「クロが死んじゃった」
ネットで調べてみたが、これは一種の病気らしい。
最初のクロが死んだことによって、完全にショック症状となり、無意識の内にクロに似た猫を拾ってきては、よく見れば
「クロじゃない」ことに気づいて無意識の内に殺し、時間が経てば様々な記憶が外出して、最終的には
「クロが死んじゃった」
一部は自分の推測だけど、たぶん合ってる。
でも合ってるからどうしろって言うんだ?警察に突き出せって?冗談じゃない、彼は昔から、ずっとずっと親友なんだ。
そんな甘い考えだったから、十八回目のクロは自分だという事に気づかなかった。
彼の先入観はもう
「黒ければクロ」らしい。壊れてる。今更気づいたところで遅いけど。
「あれ?肌色。クロじゃない。クロじゃない。クロは?クロ」
衣服上下がどっちも黒かったからって、クロか。
そうしてバットで殺された。
「クロが死んじゃった………誰に言ってるんだろう」
今日も彼は、どこにも存在しない本物のクロを探してる。