右腕を失った男の話
これはBLちっくなお話です。
僕が見たのは、片腕しか持たない哀れな男だった。右腕を愛する人の為に失った愚かな男だった。
それなのにその人が愛した人は、その人を愛さなかった・・・。その人はそれでも愛する人を大切に愛していた。
哀れだと愚かだと思っていたはずなのに僕は、悲しくても苦しくてもその人は泣くこともせず、ただただ愛し続けた。
狂おしいほどの愛だと、僕は思った。
その人は哀れで愚かでとても悲しい人だった。
私が知っているのは、私を抱き上げる左腕しかないその人の優しい温もりだった。
その人はとても優しくて暖かくて物知りで、私は大好きだった。幼い私の名を呼ぶ優しい声が、時たま寂しさを含んでいたことを私は知っていた。
たまにしか笑わないその人の瞳に映るのが誰か、私は知っていた。
優しいが故にその人が苦しんでいたことを、私は知っていた。
俺が知っているのは、彼にとってほんの僅かなことでしかない。
ただ・・・俺が知っている中の彼は優しくありながら、とてつもなく冷酷な人だった。
彼の瞳にはいつだって愛する人しか映っておらず、彼は愛する人の為に戸惑いもせずに右腕を失った。それどころか、命もささげかねなかった。
俺はそんな彼が可哀想だと思った。
愛する人の為ならなんでも捨てるだろう彼がどうしようもなく悲しい人だと思った。
俺等が知っているあの人は、とても不器用な人だった。
俺はあの人と同じ人を愛し、その人は俺を選んだ。それなのに、あの人は俺もそいつも愛してくれた。意味は違えど、愛を与え大切にしてくれた。俺等はあの人に頼ってばかりだった。
あの人はいつも、俺等のことしか考えてなかった。
自惚れなんかじゃなく、俺等のことばかり考えていた。
そして・・・右腕を失ったのだ。
あの人ははたして幸せだったのだろうか?
幸せであって欲しいと、俺は願った。
私はあの人を選ばなかった。違う男を選んだから。
それなのに、彼は私の愛した人も愛し守ってくれた。自分を選ばなかった私を決して責めなかった。私は彼の気持ちをしっていながら、利用し続けた。
そして彼は私と私の愛した人の為に右腕を失った・・・。
彼の人生を私は壊してしまった。私の願望の為に・・・。
どうしてそんなに私に尽くしてくれるのか解らなかった。
どうして私なんかの為に貴方は右腕を失ったの?
そんなことまでして後悔しなかったの?
・・・幸せだったの?
どこまでも自分勝手な私の為に生きた貴方が幸せでありますように・・・。
これはある男に関わった人達の独白のようなものです。
ちなみに最初の“僕”と三番目の“俺”は時系列の違う傍観者で、二番目の“私”は片腕の男が愛した人の娘で、四番目の“俺”は片腕の男の親友にして男の愛した人の恋人、そして最後が男の愛した人のつもりですが、四番目と最後以外はいろんな人に置き換えれると思いますので、お好きなように想像してください。