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『南の島』  作者: 檀敬
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第六話・故意の修羅場

 険悪になる、なーんてことは最初から分かったことさ。

 修羅場になることも想定済みだ。

 こんなシーンを今までに幾度くぐり抜けて来たと思ってるんだ。

 申し訳ないけどな。


 ピンポーン。

 景気良く、朝っぱらから呼び鈴がなった。

「おはよう。峻クン、起きてる?」

 茜の声が朝のアパートに響いた。想定通りだ。茜の方が早く来た。

「おはよう。早いね」

 そう言って俺は部屋のドアを開けた。大きな荷物を手に持った茜がそこに立っていた。

「たくさん、お弁当を作ってきたからね」と、ニッコリと笑う茜。

 その時、俺の携帯電話が着信を告げた。

「はい、もしもし? もう着いた? ちょっとそこで待ってて」

 そう言って俺は電話を切った。

 俺は目の前にいる茜に告げた。

「さぁ、出掛かけるよ」

 俺は荷物を抱えて部屋を出た。

「え、もう? このままで?」

 戸惑う茜の背中を押して、アパートの外へ。そこにはドイツレッドのアウディが停まっていた。

「梢じゃない! これってどういうこと?」

 茜は俺に迫ってきた。と同時にアウディの運転席から降りてきた梢も俺に噛み付いた。

「何よ、これ! どういうことなの? 何でこの女がここにいるのよ!」

 俺は彼女たちの質問に答えず、勝手にアウディのバックドアを開けて自分の荷物を放り込んだ。そして後部座席に乗り込んだ。俺の様子を見て、梢は慌てて運転席に戻り、茜も荷物を抱えて後部座席に滑り込んだ。そして俺はこう言った。

「さぁ、出発だ。楽しい海水浴へ出発だ!」

 俺にそう言われて、梢は渋々車を発進させた。


 俺と梢と茜は結局、最初に三人で来たビーチに立っていた。

「さぁ、海に着いたぞ!」

 車の中でもそうだったが、梢と茜はムスーッとして口もきかない。ただ俺だけがはしゃいで喋っていた。

 俺は一人でシッカリと三本のピーチパラソルを立ててシートを敷き、その真ん中のパラソルにドッカリと座り込んだ。その両脇、右側に茜、左側に梢と、間髪入れずに二人も陣取った。

 俺は、梢のネイビーブルーのボーダー柄のサーフパンツとピンクでパイル地のビーチパーカーを着ていたので、梢の表情が少し和んでいた。

「私の買ったあげた水着を着てくれてるのね。嬉しいわ」

 梢はそう言って俺にしな垂れてきた。茜はその事実を知ってかなりのご立腹の様子だった。

「へぇ、そうなの。だから野暮ったいと思ったのよねぇ」と、茜も負けてない。

 今日の茜の水着は、黒の三角ビキニで、表の素地がレース風になっていて少し透け感がある、かなり大胆なものだった。おまけに茜は胸のボリュームがかなりあるので、バストトップの三角形がはち切れそうになっていた。

「これが峻クンに一番似合っているのよ!」と、梢が言い返す。

 梢の水着は、白のモノキニで、こちらも表の素地がレース風になっていて少々透け感があって、相当に大胆だった。そして、アンダーは少々腰深のようだが、トップはホルターネックで留めてあるだけで背中が大きく開いていて、ナイスバディの梢を容赦なくセクシーにしていた。

 その時だった、俺の腹がグゥーッと鳴ったのは。

 茜は慌てて荷物からお弁当を取り出し、ニッコリと笑って俺におにぎりを差し出した。

「峻クン、お弁当を食べて」

 茜はそそくさと弁当を広げて俺に奨めてくれた。そして梢にも。

「峻クンがたくさん作れって言ったから作ったの。梢さんもどうぞ」

 茜は満面の笑みで梢に自分の弁当を勧めた。

「誰がそんなモノ!」

 梢は口が引きつり、そっぽを向いていた。

「おぉ、美味い、美味い。茜はやっぱり料理が上手だなぁ」

 俺は茜の弁当にぱくつく姿を見て、梢も横目でチラチラと様子を窺っている。

「梢も食べなよ、騙されたと思って」

 俺は梢に茜の弁当を勧めた。

「美味しいわよ。峻クンのお墨付きだから。うふ」

 茜を睨みつつ、おにぎりに手を出す梢。一口頬張って咀嚼した後、俺と茜の顔を見た。

「美味しい」

 梢の言葉に、茜は勝ち誇った表情をした。

「たくさんあるから、ドンドン食べてくださいな」

 茜の表情はにこやかだった。


 茜の弁当を食べて眠くなった俺は、いつの間にが寝落ちしていたようだ。しかし、それは三十分、いや十五分も寝てなかったようだ。というのも、俺が寝ている間に梢と茜が激しい罵り合いを始めたらしく、その声で俺は目覚めたようなのだ。

「何を考えてんのよ、あんたは」

「そっちこそ、何を考えてるのよ」

「お金持ちだか何だか知らないけど、愛はお金で買えないのよ」

「言ったわね! そっちこそ、ちょっと美味しい弁当で釣ろうなんて。浅ましいわ」

「あんたなんてアウディを乗り回せば、男が寄って来ると思ってるんじゃないの?」

「失礼な!」

「そっちこそ、失礼じゃない!」

 俺は二人の間にムクリと起き上がった。梢と茜の罵り合っている顔と顔の、丁度真ん中に。

「あ、峻クン……。私ったら、恥ずかしい」と梢。

「起きちゃった? ……うるさくしてごめんなさい」と茜。

 俺はうんざりしながら不機嫌そうに言った。

「おいおい! せっかく人が気持ちよく寝ているのにぃ」

 そして、俺はゆっくりと立ち上がった。

「急にどうしたの?」と梢。

「何処へ行くの?」と茜。

 俺はピンクのパーカーを脱ぎながら言った。

「海だよ、海。海で泳いでくる」

 そう言って、俺は波打ち際へ歩き出した。

「あーん、待ってよぉ」と慌ててVネックのショートTシャツを脱いで俺を追っ駆ける梢。

「置いてかないでよぉ」と肩から被っていたビーチタオルを放り出して走り出した茜。

 俺は彼女たちが追い着く前に走り出し、ザブザブと海の中に入っていた。そして、深くなる海へとズカズカと泳ぎ出した。

 茜は胸辺りまで水面が来たところで躊躇していたが、俺を目標にして泳ぎ始めた。そして俺に泳ぎ着くとシッカリと二の腕に捕まった。大きく張り出した胸を俺の二の腕に押し付けてくる。しかも泳げない恐怖からか、足を絡ませ身体ごと俺に摺り寄せてくる。梢は泳げるのだが、茜がそんな状態なので、梢も茜の真似をして俺に引っ付いてくる。

「茜、ずるいわよ! そんなに峻クンに引っ付かないでよ」と、大声で茜に怒鳴る梢。

「だって、あたしは泳げないもん。峻クンが助けてくれるって言ったもん」と、大声を張り上げる茜。

「おい、頼むからそんなに絡むなよ!」と、俺が言うと二人からの反論が。

「だって溺れちゃうもん」と茜。

「私も引っ付きたいもん」と梢。

 俺はマジで溺れると思った。仕方がないから、もう少し浅瀬の裸足の届くところまで引き返した。

「もう足が届くだろ。いい加減に離れな」

 俺は二人を振り払った。茜の身長ではちょっと深い。波で時々頭が完全に沈んでしまう。俺はアカネに手を伸ばした。茜はシッカリと両手で俺の腕を掴んだ。爪が皮膚に食い込むくらいに。梢は何とか頭を水面に出していられるようだが、それでも俺の手を離さない。シッカリと指と指を組んで容易に離されないように。俺の両手は塞がった。何も出来ない。ただ水面から頭を出して突っ立っているだけだ。


 面白くない!


 俺は波打ち際の方へ歩き出した。梢と茜の二人も俺に追従した。茜の身長に届くようになっても、俺は立ち止まらなかった。

「どうしたの?」と梢。

「泳がないの?」と茜。

 俺は無言でビーチパラソルまで歩き、自分の分のパラソルを畳み荷物を持って海の家に歩き出した。

「え、どうしたの?」と梢。

「帰っちゃうの?」と茜。

 ビーチパラソルのところで呆然としている梢と茜。俺は振り向きもせず無言で更衣室に入った。冷たいシャワーを浴びてからすっかり着替えた俺は荷物をまとめて更衣室を出た。すると、まだ水着のままの梢と茜は心配そうな顔してそこに立っていた。

「ねぇ、どうしたって言うの? 何か怒らせるようなことをした?」と梢。

「一体何があったのよ? 教えてよ、ねぇ」と茜。

 俺は二人を見て言った。

「俺、一人で帰る。じゃあな」

 二人とも唖然として、信じられないという表情をしていて、何か言わなければと思うけれど、何を言っていいのか分からないという感じだった。だが、俺はそんな彼女たちを無視して、海の家の裏手に走っている国道でタクシーを捕まえて乗り込んだ。

 振り返るとセクシーな水着を着たままの二人は無表情でタクシーを見送っていた。

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