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『南の島』  作者: 檀敬
3/9

第三話・梢という女の子

 俺は携帯電話のしつこい着信音で目覚めた。

 時刻は朝六時。

 五時半から、あまりにも何度も掛かるので仕方なく電話に出た。

「私よ。こんなに早く起こしてごめんなさい」

 電話の相手は梢だった。

「何だよ、こんな朝早くから! もう少し寝かせてくれよ」

 梢は優しい声で話してはいたが、かなり苛立っているようだった。

「先週、私とデートするって約束したじゃない。まさか忘れてた訳じゃないでしょ?」

 俺は思い出した。

「時間を連絡してくれなかったじゃないか!」

 梢とは沈黙の了解でデートの約束をしたが、それ以降の連絡は一切無かったから、俺は約束を反故にされたとばかり思っていたのだ。正直に言うと、反故にされて少し安堵していたところもあるのだが。

「あ! 私、すっかり忘れていたわ」

 梢の素っ頓狂な声を聞いたのは初めてだった。

「俺、何にも用意してないから。行けって言われても無理だから。頼むから寝かせてくれよ」

 俺は懇願するように梢に訴えた。

「そんなこと言われたって。だって私はもう、峻クンのアパートの前にいるんだけど」

 俺はベッドから飛び起きてカーテンを開けた。窓から視界に飛び込んできたのはドイツレッドのアウディだった。新歓コンパ実行委員会の渉外で助手席に乗せられて走り回っていた車だ。

「おいおい!」

 俺は電話口で溜息をついた。そしておもむろに喋り始めた。

「三十分、待っててくれ」

 梢の回答は早かった。

「待てないわ。もう予定が押してるの。五分で着替えて」

 俺は十秒考えてから答えた。

「あぁ、分かった。今すぐ行くよ」

 俺は真っ白のTシャツに黒のハーフパンツという着の身着のままで梢のアウディに近づくと、花柄でリゾートスタイルのロングワンピースを着た梢が運転席から降りてきた。

「さぁ、早く乗って!」

 俺は助手席に滑り込んだ。同時に梢も運転席に滑り込んで車を発進させた。しばらく走って高速道路へと進入した。だが、進行方向はどう見ても海ではなく山の方向だった。俺は疑問に思って訊いた。

「何処へ行くんだ?」

 梢はふふんと笑って答えた。

「私の別荘。正確に言うとお祖父さんの持ち物だけどね」

 それを聞いて俺は、それ程ビックリはしなかった。迎えに行った時の梢の家はもの凄い豪邸だったし、だいたい普段から乗り回しているのがアウディ、しかも高級グレードのスポーツタイプだ。金を持ってない訳が無いのだ。

「プール付きか。なかなかだな」

 俺はブラフをかけた。

「あら、よく知ってるわね。さては私のことを調べたのね。うふふ」

 俺の言葉に機嫌を良くした梢だったが、俺は正直にいうとビビっていた。

「那須の御用邸近くにあるの。いい所よ。私、あの別荘が大好きなの」

 つばの広いファショナブルな|ストローハット(麦わら帽子)を被って、トンボの目玉のようなデカいサングラスを掛けて運転する梢はルンルンだった。


 高速道路を降りて、ゆるやかなカーブが多い山道を登ること一時間、うっそうと茂った林を抜けたところに赤いレンガの建物があった。梢は迷うことなく、その建物の正門の前に車を停めた。

「私よ」

 梢が携帯電話でそう告げると、キーッという音を立てて門が開いた。車を建物の玄関に停めると、メイドと執事がドアを開けてくれた。

「いらっしゃいませ、梢様」

 うやうやしく挨拶するメイドと執事に、梢は指示をする。

「都、峻クンを部屋に案内して。瀧、荷物を私の部屋へ」

「承知しました」と都。

「かしこまりました」と瀧。

 そして梢は俺に声を掛ける。

「峻クン、先ずは部屋で着替えをして。二時間後の十二時にテラスでランチよ」

 そう言い終わると梢はスタスタと建物の中に消えていった。

「こちらへどうぞ」

 ボーっとしていた俺に、都は頭を下げて自分に付いて来るように促した。俺の見た目だが、都は二十九歳くらいに見えた。黒のパンツスーツで、その下には衿の立った白のブラウスを着ていた。俺は都の後に付いて階段を上がり、右手に折れて一番奥の部屋の前で止まった。

「ここでございます」

 都は、ドアを後ろ手に開けながら俺を部屋の中に入れた。そして、まるでホテルのスィートルームような部屋の説明を一通りしてから、最後にメイドらしい言葉を付け加えた。

「峻様のお着替えは、梢様からこちらを着るようにと指示されております」

 見ると、ネイビーブルーのボーダー柄のサーフパンツにピンクでパイル地のビーチパーカーが置いてあった。

「お時間になりましたら、お呼びしますので」

 都は卒無く仕事を終わらせて、俺にお辞儀をして部屋を出て行った。

 俺はくたびれていた。朝早く叩き起こされた上に、ここに来るまでの道中ずっと梢から新歓コンパ実行委員会の想い出話を聞かされたのだから。相槌を打つ関係上、寝る余地など全然なかった。俺はベッドに横になった瞬間に意識が消えた。


「峻様、お時間です。峻様!」

 激しく部屋のドアをノックする音で俺は目覚めた。ベッドサイドにある時計を見ると十一時五十分だった。俺は慌てて飛び起きてドアを開けた。そこには都が立っていて、礼儀正しくお辞儀をした。

「峻様、ランチのお時間です。テラスまで……。あ、まだお着替えが済んでいませんね。しばらくドアの外でお待ちしますので、お早くお着替えを」

 都は再びお辞儀してドアを閉めた。俺は慌てて着ていたもの全てを脱ぎ散らかして、サーフパンツを穿きパーカーを羽織った。そして、慌ててドアを開けた。そこにはシッカリと都が居た。

「ごめん。寝ちゃってた。今、慌てて着替えたよ」

 俺は言い訳がましく都に謝った。都は口元に手を当ててクスリと笑った。

「わたくしにお気遣いは無用です。さぁ、梢様がお待ちですので」

 俺は、都の後をまた付いて歩いた。改めて見ると都の様子が変わっていた。スーツではなく、花柄のリゾートワンピースに着替えていた。そして結い上げていた髪を下ろして後ろで束ねていた。

「都さん、すっかりイメージチェンジしちゃったね」

 都はチラッとこちらを向いた。そして頬を赤らめている様子だった。

「梢様がこの格好にしろと仰るので。あたくし、こういう格好が苦手でして」

「そうなんですか。着慣れている感じで凄くいいですけど」

「お恥ずかしいです」

「いやぁ、お美しいです」

「とんでもありませんわ。……こちらがダイニングでその奥がテラスになっています」

 もう少し都としんみり話せるかと思っていたらテラスに着いてしまった。

「峻クン、こっちこっち!」

 ダイニングを抜けて庇が大きく張り出したところにテーブルが一つ置かれていて、そこには既にテーブルウエアがセットされていた。その片側に梢が座っていた。

「こっちこっちって呼ばなくても。どうせ俺しか居ないんだろ?」

「てへへ」と梢は頭を掻いた。いつもは見せない砕けた態度の梢が、そこにいた。

 俺は席に着いて周りを見渡した。白い大理石のテラスは、その先のプールサイドまでつながっていた。プールはかなり大きくて、一部ダイビングの練習用だろうか、深い部分がある。それが分かったのは、白い大理石で作られたプールで水の色が深さによって青色の濃さの差となって表現されていたからだ。

 そして何よりもこのロケーションが良かった。小高い丘の上に立てられた別荘からの一望は素晴らしく、特にこのテラスからの眺めが一番美しい。

「すごくいい所だね」

 俺は心から思った。

「私のお気に入りだもん」

 梢は得意気だった。

 ランチはイタリアンだった。カンパリソーダを飲んで、生ハムを巻いたメロン、伊勢海老のパスタ、そして那須牛のカツレツ、チョコレートケーキと本格的だった。給仕は全て都が行い、後で都に聞いたのだが、料理は全て瀧がこなすのだという。

「ご馳走様でした。美味しかったです。瀧さんにそうお伝えください」

 俺はニッコリと笑いながら都にそう言った。

「はい、承知しました」

 都もニッコリと笑って返事をしてくれた。それを見ていた梢はちょっと不機嫌になった。

「都、私の大事なお客様なんだから、粗相の無いように」

 梢の言葉に都は向き直って頭を下げた。

「申し訳ありません。以後、気を付けます!」

 都はそそくさと給仕をした後は厨房へと引っ込んでいった。俺は都に申し訳ないことをしたと思ったが、それを口にすると更に話がややこしくなるので口を閉ざした。


 ゆっくりとカプチーノを飲んだ後、俺と梢はテラスの前のプールに移動した。そこには既にパラソルとデッキチェアがセットされていた。

「どちらがいい? 峻クンが好きな方を使って」

 梢にそう言われたが、どう選んでいいか選ぶ基準が見出せない。とりあえず何となくだが、奥の方のデッキチェアへと進んでそちらに座った。

 梢はもう一つの方のデッキチェアにタオルを置いて、着ていたピンク・チェックのミニワンピースの裾に手を掛けて頭の方へと脱いだ。そして、梢の水着姿が露わになった。

 今日の梢の水着はビキニだった。ワンピースと同じピンク・チェックの三角ビキニで、リボンも何もないシンプルな水着だった。だけど、ナイスバディな梢には逆にこの方がセクシーに見える。色や柄もピンク一色に押さえたデザインだから余計にそう思えた。

「今日の水着、いい感じだね」

 俺は梢にそう言った。

 すると、梢にとっては思ってもいない言葉だったらしく「え?」と呟いた後に脱いだワンピースを胸に当て頬を赤らめてこう言った。

「いやん、そんなにジロジロと見ないでよ。恥ずかしいじゃない」

 梢はデッキチェアの上にそそくさとワンピースを置くと、さっさとプールサイドに駆け寄ってドボンとプールの中に入ってしまった。ところがさすがに高原のプールだ、思ったよりも水温が低かったらしい。

「冷たーい!」

 慌ててプールサイドに上がって腰掛けた梢だった。

 俺もピンクのパーカーを脱いでプールに飛び込んだ。確かに冷たい。でも、午後の日差しが強くなったせいで心地良い温度に感じられた。俺はプールにプカプカと浮きながら、那須の青い空をジーッと見詰めていた。

 ゆっくりと目を閉じたら、顔に飛沫が掛かった。俺は慌てて回りを見た。梢がちょっと脹れてる。

「私を忘れないでよね」

 そう言って俺の頭をプールに沈めた。俺は水中で一回転して水面に出た。

「何するんだよ」

 俺はニカッと笑って梢を追い駆ける。梢もキャーキャー言いながら逃げ回っている。

「捕まえて御覧なさい」

 梢は嬉しそうだった。

「待て、待てぇ!」

 俺は調子に乗って梢を追い駆けた。後からウエストに手を回してガッシリと梢を捕らえた。

「捕まえたっ!」

 俺がそう言ったと同時に、梢は体の力を抜いて俺にしな垂れ、寄り掛かって来た。

「いつまでも捕まえていて欲しいわ」

 ほとんど聞こえないような小さな声で、梢がそう呟いた。

 俺は梢を後ろから抱き締めながら、彼女の頭に頬を寄せた。


 翌日の夕方、梢はドイツレッドのアウディで俺をアパートまで送ってくれた。

「じゃあな」

「またね。楽しかったわ」

 意味深な微笑をしながら梢は、俺がドアを閉めるまで俺を見詰めていた。

 走り去るアウディを見送ってアパートに振り返ったら、そこには茜が立っていた。俺は目を疑った。そして茜の視線が俺のそれとバッチリ交差した。

「え? 何? それってどういうこと?」と言って硬直する茜。

 俺はその場で凍り付いた。そしてシドロモドロな挨拶しか出来なかった。

「いやぁ、こんばんは」

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