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 プログラム5.とりあえず鍛錬。

 「やぁおはよう、よく眠れたかい?」


 「おはようございます。おかげさまでぐっすり眠れました。」


 異世界渡来、森でお散歩、盗賊さんとエンカウント、プチ監禁から一夜明けた今日、私はこれでもか!というほどの眠りを経て村の宿屋で朝を迎えた。


 


 あの後、部下さんが言った通りにお飾り様をなんとか宥めてくれたので嫌疑も晴れて、村長さんは手荒な事をしてしまったお詫びにと宿屋を無料で使っていいと言ってくれた。

 そのご好意に甘えて、しっかり朝食までいただいてしまっている。結局晩御飯は食べ損なったので、その朝食は泣きそうなほど美味しかった。


 「おやあんた、その髪はどうしたんだい?」


 「えっ…あ、いや…変、ですかね…?」


 しまった、確か黒い髪って珍しいものではなかっただろうか。それとも目の色とセットだと珍しいだけ?あぁ言い訳とか全く考えてなかった!


 「いんやぁ、染めてるんだろう?最近の若い男の子たちの間で流行ってるんだってねぇ。」


 「……はい?」


 気さくな宿屋のおばちゃんの話によると、最近この国の首都に勇者が光臨したらしい。それでその勇者は黒い髪に黒い目をしているらしく、その勇者のようになれるようにと血気盛んな若い男たちの一部で勇者を真似て髪を黒く染めるのが流行っているのだそうな。


 勇者、勇者ねぇ…ということは魔王とか居たりするのだろうか。光の勇者が魔王を討伐する!とかそんな。

 ……ん?黒髪黒目?それってまさか…


 「おばちゃん、その勇者様が現れたのっていつ?」


 「詳しい事は分からないけど…そうだねぇ、そんな噂がこの村に届いたのが少なくとも1週間前くらいかねぇ。」


 一週間、ならあの子とは関係無さそうだ。私がこちらに来る時に一緒にいた…ええと、後輩くん。

 その子がもし私のようにこの世界に来ていて、彼が勇者として『呼ばれた』のであれば、私はそれに巻き込まれたということになるのだけど、一週間前だと時期が合わない。

 そもそも光臨する、という表現がよく分からない。勇者として認定された元々この世界の住人なのか、それとも私のように違う世界から呼ばれたのか。


 物語のセオリー通りなら後者の可能性が高いのだが…気になる、物凄く気になる。もしその勇者様が違う世界の住人で、この世界に呼ばれたのであればもしかしたら私が元の世界に帰る手段も分かるかもしれない。


 呼ぶ力があるなら、逆の力もあるよね?あるといいな。

よし、次の目的地はこの国の首都だ!




 手に馴染む木の感触。両手で握り、前に構える。振り上げて振り下ろす、また振り上げて振り下ろすその繰り返し。

 部活の朝練習でのメニューの中で、屋外でも可能な練習を繰り返す。毎日の日課のようなものなのでやっておかないと、なんとなく落ち着かない。


 「よーお、精が出るなぁ。」


 「ん?あぁおはようございます。」


 素振りを終えて、ひと休憩しようとしていたところで昨日の警備隊の部下さんがやってきた。うん、やっぱり何度見ても馬さんだ。


 「そんな物珍しそうに見るなよ、落ち着かねえだろ。」


 「すいません珍しくてつい。」


 彼の名前はグニラード。家名は無いそうで、ただのグニラードらしい。

グニラ、と略してもいいと言われていたので私はそう呼んでいる。


 例の隊長様の補佐をしているらしく、その話を聞いただけで苦労しているんだなぁとしみじみ。だってあのお貴族様の補佐って、どう考えても苦労させられていると思う。

 因みに私の中ではお貴族様よりもグニラさんの方が実力は上のように思える。彼は他愛も無い談笑をしている今ですら、常に周囲を警戒して隙も見せようとしない。


 「そう言えばあの盗賊さんたちは?」


 「あぁ、これから首都に護送するよ。その前にちょっとした私的好奇心を満たそうかと思って。」


 私的好奇心?と返すとあぁ、とだけ短く返され今度は私が頭から爪先まで観察される。確かにこれは落ち着かない。

 やはり黒髪がまずかったのか、それともまだ怪しいところがあったのか内心動揺を隠せないが、何とか平常心を保ちながらグニラさんの言葉を待つ。


 「ボウズって・・・」


 「自分が何か?」


 「……男なのか女なのかどっちだ?」


 あっ、そこ!?そこなの!?確かに本当は女でいま現在、男装中ではあるけれどまだ誰にもこの姿で嬢ちゃんとは言われてなかったのでしっかり変装できていると思っていたのだが…

 ひとまず、なんで女かもしれないと思ったのか尋ねるとその情報源は意外というか、あぁそこねという感想。


 「いやなに、盗賊の奴らが尋問で『女』にやられたって頑として譲らねーからな?」


 正直言って大の大人が女に打ちのめされたと言い張っているのを想像したらとてもシュールだった。そこは伏せれば良かったのに、自分たちで恥の上塗りしちゃったんだねー。


 「あぁほら、相手も女の方が油断するかなって。」


 自分は中性的だとよく言われるから、油断を誘う為に女装して行ったのだと少し苦しい言い訳だと思ったが淀み無く答えてみせる。

 すると女装したのか、考えたな。と、納得してくれた。何だか少しばかり負けたような気がする、色々なものに対して!


 「そういやボウズ、まだ名前聞いてなかったな。教えて貰っていいか?」


 「あぁ、いいですよ。」


 さていいとは言ったものの、何と答えよう。男装しているのだから男らしい名前がいいだろうけれど私の名前は遊佐織恵。こちら風に言うとオリエ=ユサとなるのだが…


 「自分はユサ、です。家名は自分もありませんからただのユサで。」


 「ユサか、分かった。じゃあそろそろ行くわ、首都に来る事があったらまた会おうぜ。」


 そういえばこれから盗賊さんたちを首都に護送すると言っていたっけ…と、そんな事をゆっくり歩いてゆくグニラさんの背中に手を振りながら思い出した。


 私の次の目的地も首都だし、また近いうちに会う事になるかも…ね。




 「それじゃあ、色々お世話になりました!」


 私がこの世界にやってきてから5日目。


 盗賊を討伐したということで、彼らにかけられていた報奨金を村長さんから頂く事となり、首都に向かうと言えば旅の必需品や携帯食などの旅用品一式を揃えてくれた。

 流石にそこまでタダでいただくわけにもいかないので報奨金から差し引いて貰ったけれど、それでも残金は多い。


 金額を見る限りあのお飾り隊長さんが言っていたように盗賊さんたちが手錬というのはあながち間違いではなかったのかもしれない。

 微妙にサイズの合ってなかった男装の為の服も一式仕立てていただいたりで、本当にこんなに至れり尽くせりされていいのだろうかと思った。


 聞けばこの村は盗賊のアジトに近い場所にあった為、度々その被害に遭っていたらしい。たった5人の盗賊だったのに…と思ったその疑問の答えはまた追々知る事となるのだが今は割愛しておこう。


 それを私が退けたので、今後生活が楽になると随分感謝されたものだ。必要経費は報奨金からキチンと引いてもらって、服が仕立て上がった次の日に、私は村を後にした。




 当面の目的は首都に行き、元の世界に帰る手がかりを探すこと。あとついでに、噂の勇者様も見られたらいいなと思いながら私は旅路に就いた。


お馬さんは一足先に首都へ、数日遅れて織恵も旅立ちました。

装備も一新し、色々と充実した旅路となりそうです。

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