プログラム1.とりあえず肘鉄。
「先輩お疲れ様ですっ!」
「はいお疲れ様。」
足早に帰路に就く後輩たちの挨拶に答えながら私も帰り支度を整え、荷物を持つとゆったりと校門へ向かう。
風を切る自転車が横を通り過ぎるのを眺めながら私はゆっくりと校門を出た
まだ蒸し暑いと言える空気を少しばかり冷えた風がそれを凪ぐ。学校から家まではほんの20分ほどで級友などに比べれば随分近い。
ただ真っ直ぐ家に足を向けるのは味気ないので高校入学から続く日課であるお散歩コースを歩く。
木々が揺れる木陰のベンチに腰を落としてひと休憩。徐々に夜の帳が下りてくる空を見上げて今朝の夢を思い出す。
もう何度も同じ夢を見ている、毎日毎週というわけではなく多い時は確かに毎週見る事もあるけれど少ない時は数ヶ月間隔が開く事もあった。
今回も数週間ぶりに見たのだが、やはり変わらず同じ夢。何度手を伸ばしても触れられない手と泣き声。
不快なものではないのだけれど・・・ボウっと思考を巡らせていると光が見える。
ちかちかと不安定に揺らぐその光はどうも自転車のライトのようだ。
乗って漕いでいるわけではなく押しているせいで点いたり消えたりしていたのか。
「あれ、先輩お疲れ様です。」
「あ、キミ帰りこっちだっけ?うん、お疲れ様。」
自転車を押しながら歩いてきたのは同じ部活の後輩・・・私は女子剣道部、目の前の後輩は男子剣道部ではあるけれど。
それにしても今までこの場所で会った事は無かったはずだけれど、私と同じで家に帰る前の散歩だろうか。
「そっか、キミも気分転換しに来たんだねー。」
「はい!まさか先輩に会うとは思わなかったのでびっくりしました。」
「私はねー何時もここを通って帰るんだー。」
人気は少なくて静かだし、ゆっくり休憩するには丁度いい自然に囲まれた小さな森林公園。兄姉弟妹達には危ないから止めなさいと何度も言われているのだけれど・・・何が危ないのだろう。
後輩くんは途中まで運びますよと防具を自転車の籠に乗せてくれた。
何時もより少しばかり身軽なお散歩は暫く続き、もう少しで公園を抜けるというところで彼の足が止まった。
「あれ?どうしたの?」
「先輩・・・っ」
「えっ・・・?」
ガシャン!と金属音が耳に届く。カラカラと回る車輪の音が妙に耳についた。
何があったのか理解するのに少しばかり間が空いた。それはきっと反射的なものだと思う。
だからいま目の前で後輩が地面に突っ伏しているのは仕方ない。多分。
「え、ええと・・・ごめん?」
切羽詰ったような後輩の声に振り向くと、何故か大きく手を広げて飛びつこうとしていた。それに反応して思わず肘を突き出してしまったのだが顎にまともに入ったような気がする。大丈夫だろうか。
「・・・だっ」
「うん?」
「何で拒むんですか!?先輩だって気を許して誘ってくれたじゃないですか!俺の何がいけないんですか。この次期剣道部主将と言われていて成績も優秀で金持ちの子供のこの俺をっ!何で拒むんですか!?先輩だってちょっとくらいは期待してたはずでしょう?違う何て言わせませんよ。こんな所で偶然出会ったんですこれは運命なんです、運命だから受け入れてくださいよ。受け入れろよ!」
・・・うわぁ、どうしよう何を言ったのか半分以上理解出来なかったんだけど。
とりあえず落ち着いて現状を把握しよう、うんそうしよう。
「ええとキミ、とりあえず名前は?」
「そんな事も知らないんですか!?いいですかちゃんと覚えてくださいよ!俺は2年C組の窪塚 勇一郎(くぼつか ゆういちろう)、クボツカグループ社長の一人息子だ!」
クボツカグループって何だっただろう・・・うん知らない。
窪塚くんかーとりあえず覚えたけど、間違いなく彼と話すのは初めてだったと思う。
同じ剣道部ということで部活場所は男女一緒なので顔は知っていた。ただそれだけ。
「とりあえず、ごめんなさい。」
「へ?」
「好きでも嫌いでもない人に大人しく抱き付かれる趣味は無いので。」
そう言えば彼は顔を真っ赤にさせてまた半分以上理解できない言葉の羅列を紡いでいる。正直本当に興味が無いのでどうしよう。
穏便に済ませられるといいのだけれどと思いながら、気が付くともう一度窪塚くんを地面に張っ倒していた。痛いよねーごめんねーでも抱き付こうとするキミが悪いんだよー。
「畜生なんで・・・ん?」
「ん?」
あれ、声が聞こえる。この場所はあまり地元の方も夜は入ってこないはずなんだけど・・・現に私は高校入学当時から今までほんの数人としか出会って無い。
でもそれは空耳ではないらしく彼もその声のする方をしっかり見ている。もしかして彼のお目付け役とかそういう方たちだろうか。お金持ちだって言ってたし。
――ミツケタ
そっかー帰りが遅くて心配してたんだねー。でもこんな場面見られても困るなぁ、何だか私が窪塚くんをイジメてるみたいな構図になってるし。
――ミツケタ。ミツケタ。
遠くから光がやってくる。懐中電灯持って慌てて探しに来たみたいで その明かりは凄い早さで・・・あれ何か早すぎませんか?光大きすぎませんか?
まるで車かバイクのようなスピードで迫り来る巨大な光のうねりは、呆然と立ちすくむ私とまだ地面に蹲っている彼を飲み込んだ……―――
ここまででいまだにヒロインの容姿に一切触れていないってどういうことなの。こういうことです。