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ラグナ―強さの定義―

作者: ウラン

「アストライアで一番強いのって誰なのかな?」

 その日は暇だった。これでもか! ってくらいに何もすることがなかった。

 医療班というのは、怪我人がいればそれはもう多忙だ。酷い時は寝る余裕もない。しかし、いなければ真逆だ。備品の管理だとかが終わってしまうと、寝ることくらいしかやることがなくなる。いやマジで。

 ちなみに、先程のセリフを言ったのは私ではない。霧川禾槻その人である。

 彼は戦闘員としてこの艦に乗員しているわけだが、普段は趣味とかでよくアストライアを掃除して周っているのだ。潔癖症なのだ、多分。

 しかしまぁ、そうは言っても年がら年中掃除をしているわけではない。ちゃんと決められた時間に活動している。プライベートと仕事はごっちゃにしないらしい。

 で、今がそのプライベート。今日はこれといった用事がないらしく、有体に言うと暇らしい。有体に言わなくとも暇なんだとか。

 というわけで、暇仲間な私達は、誰も居ない病棟煉の一室で仲良く暇していた。

 そんでもって、暇をこじらせた霧川が言ったセリフが冒頭のあれ。

 まぁ、んなもん状況によって変わるし、議論した所で答えなんぞでねーよ、ってことくらいは心得ているのだが。しかし、今回は暇潰しをすることが最優先事項なので、そんなことは大した問題ではない。つまり暇なのだ。

「僕はアウロさんとかリリナさん辺りだと思うんだけど。ラグナはどう思う?」

「……誰?」

「え?」

「……名前を覚えるのは苦手」

「ええ!? 覚えてないの?」

「…………」

 沈黙は肯定。

「いや、狙撃手のお婆さんと、メイドさんのことだよ……本当に覚えてないの?」

 私は後半の言葉を無視し、ふむ、と少し真面目に考えてみる。なにせ暇ですから。

「……それは、何を強さと定義している?」

「え? えぇっと」

 霧川はわけがわからないといった反応を見せる。まぁ、あまり考えずにとりあえず発言した、といった所だったのだろう。

「こう、戦いとかでの」

 私の求めていた回答とは違ったが、これくらいが無難な所ではある。

「……強さとは、己の持つ武器の力をどれだけ引き出せるか。そう私は解釈している」

「…………?」

「……武器にはそれぞれ一定の力がある。しかし、同じ武器でも達人と素人では引き出せる力の大きさがまるっきり違う」

「あー、そういうことか」

「……それに、例えばナイフと長剣だったら、武器としては長剣の方が強い。しかし、持つ者によってはナイフの方が強い場合が多々ある」

 もちろん、強い武器を持っていた方が有利だ。だが、そんなものは誤差の範囲でしかない。よほど武器の性能に差がない限りは、自身に適性がある武器の方が強い。

 そう、武器。それがあるのとないのでは強さがまるっきり変わってくる。銃士が銃を持っている時と持っていない時、その間の力の差は歴然だ。

 その中で、どのような武器をどれほど持っているか。また、それの力をどこまで引き出せるか。

 それが、強さの定義。

 そういったことを霧川に伝え、話を続ける。

「……仮に、格々の最強となる装備をしている時、ここのメンバーで一番強いのは私だ」

「え!? ラグナってそんなに強かったの?」

「……私は他のメンバーの武器を全て知っているわけではない。知っている物も、その全容を晒しているとは思えない。つまいは、把握していない。

 そうなると、必然、全ての武器を唯一把握している自分が一番強い」

「ふーん。でもさ、それって、今わかってるくらいよりもラグナの方が強いってことだよね?」

 目ざとい奴め。

「……私というよりは、使用する武器が桁はずれに強い、といった解釈の方が近い」

「それって、ラグナ的に言うと同じじゃん」

「…………」

 霧川に言い負かされてしまった。

 いささか面白くない方向に行きそうなので、強引に話を戻す。

「……その他、場の状況などによっても違いが出てくる。が、そうまで言っては埒があかない。状況については総評、それ以外はデフォルトでの場合で話を進める」

「うん、それでいいと思うよ」

 野郎、上から目線かよ。

「……それならば、霧川の言う通り女狙撃手と、あのお面トカゲもどき辺りが上位に入る」

「お面トカゲもどき、って。……スキンクさんのこと?」

 知らん。そもそも、名前を覚えていないから俗称で呼んでいるのだ。そこら辺はそろそろ察してほしい。

「うーん、アウロさんはわかるけど、スキンクさんも結構強いんだ。そんなに戦闘向けのタイプには見えないけどなぁ」

「……武器というのは、火器や鋭器などの道具だけではない。腕や足もある意味では武器。ただ、常に展開されているというだけ。

 脳なども例に漏れない。あの二人は戦闘技術より、その方面に秀でている

 実践では、そういった者の方が強い」

「えー、でもさ、それだったらラグナの方がそれっぽいんだけど」

「……私のとあの二人のは少し違う。私のは知識で、二人のは知恵だ。

 知識はただ知っているというだけのことで、戦闘でとっさに使える機会はそうそうない。だが、知恵とは知識が実践レベルまで昇華したもの。生きるための専門知識のことだ」

 知識は応用しないと実践では活かせない。だが、知恵はすでに応用されており、実践においてもかなり役立つ。というか、比較的に役立つものをそのままの形で記憶し、さらなる応用をしやすくしたものだ。

「……あの二人は知恵を持っていて、私は知識しか持っていない。それは実践で大きな差になる。

 私のデフォルトでは、精々二人の次くらい」

「あ、それでも結構上位なんだ」

「……知恵ほどでなくとも、膨大な知識はそれだけで力になる。戦力差を知略で覆す、というのも珍しい話ではない。知のない力押しは、圧倒的な力でもなければ大した脅威には成り得ない。

 その逆、力がなくて知恵のある者は危うい。しかも、あの二人は水準以上の力がある」

 まぁ、片方は頭に良の対義語が入ったりするけど。

 知恵、それは私には決して得ることができなかった物。3000年の経験を通しても、柔軟な対応ができない私にはたどり着けなかった境地。

 知識ばかり掻き集めて、ただ貯めていることしかできない。組み合わせることは出来ても、改善することができない。

 硬い思考。私の最大の武器にして、最弱の弱点でもある。脆い所を固め続けるだけという、切りのない作業。

 私は、あの頃からちっとも進歩していない。幾分か知識を積んだだけ。

「……他のメンバーのように正面衝突が基本戦法のタイプの場合、どんなに強くとも、自分より強い相手だと必ず負ける。故に、半端に強い者ほどすぐに死ぬ」

「リリナさ……メイドさんとかは、正面衝突って感じじゃないと思うんだけどな」

「……彼女はどこをどうすれば殺せるか知っているだけ。それは知識でも、まして知恵でもない。技術だ。

 洗礼された技で的確な箇所に攻撃しているにすぎない。効果的なだけで、戦略的ではない」

「ふーん、そういう考え方もあるのか」

「……因みに、一番弱いのはニコチンヒッキー」

「ラグナってタバコに偏見もってない? まぁ、僕が言えた義理じゃないけど。

 でも、ハウエさんって明らかに知能系だよね?」

「……彼のは戦闘向けの知識ではない」

「あー、そういうことか。

 あれ? その理屈でいくと、一番弱いのはエレーナさん、調理班の女の子じゃないかな?」

「……彼女は外している」

「そっか、非戦闘員だしね」

「……いや、そういう問題ではない」

「え? それじゃあどういう問題?」

「……そもそも、超能力サイキックとは、一つの概念を持って事象を発生される能力」

 そう、一つ(・・)の。

「……君の発火能力パイロキシスはその名の通り、発火、火を発生させる能力。燃える、といった現象は、その結果にすぎない。あくまで一つの事象しか起こすことができないんだ。

 だが、彼女の超能力サイキックはその例に漏れている」

「どういう風に?」

「……触知能力サイコメトリとは元来、脳を行き来する電気信号の読み取り、解析をする能力であり、決して機械の構造やデータ、対象物の本質を分析する能力ではない。

 透視などもまったく別の能力で、普通は同時に扱えるはずはない」

 彼女は銃器などを透視し構造を覗くことで、完全にその性能を知り、絶対に相手へ当てることができると言っていた。しかし、そんなことはありえない。構造が見えても専門の知識がないと機能なんて理解できるはずがないし、第一完全に理解していた所で必中するとは限らない。銃器だけを完璧に扱えても空気抵抗などに阻害される。それが本当なら、その銃の設計者は必中の精度を持つことになる。

 正直言って、意味がわからない。

「……多重能力マルチキャストか、それとももっと別の何かか」

「……え? いや、でも、現にエレーナは――」

「……彼女の能力は君の超能力サイキックとは根本が異なる。まったく違う概念で働いているんだ」

 恐らくは、『原初げんしょ』と呼ばれるそれ。

「うーん、つまり、超能力サイキックにも種類があるってこと?」

「……間違ってはいない」

「でも、ラグナだったらわかるんじゃないの?」

「……私とて、何でも知っているわけではない。一応、超能力サイキックの専門家を名乗ってはいるが、霧川のようなタイプ、『単式たんしき』専門だ。

 最近では、人工的に超能力サイキックを植え付ける『型黒けいこく』とかいうものがあるそうだが、そちらはさっぱりわからない」

 つまりは専門外。

「……他のメンバーは、ある程度、少なくとも見た限りの能力は理解できる。だが、彼女はまったくわからない。故に、比べようがないというのが現状」

「ふーん、ラグナにもわからないことがあるんだ。へぇ」

 その言い方はムカつく。ムカつくが、反論できないのでまぁ、今回は特別に見逃してやろう。

「……しかし、何だかんだで一番強いのは、霧川、君だと私は思うよ」

「…………へ? 僕? 何で?」

「……発火能力パイロキシスは発火を催す能力。しかし、逆に言うと発火以外の決まり、縛りがない。

 位置、大きさ、温度、それらの情報は何が決めていると思う?」

「え、えっと……僕?」

「……半分正解。正確には、超能力者サイキッカーの概念、つまりは自身の超能力サイキックへのイメージだ」

「イメージ? それってどういうこと?」

「……例えば、火を動かしたり、任意のものを燃やさない、といった操作が可能だろう?」

「まぁ、自在にってほどでもないけど、ある程度なら」

「……それは、実際に動かしたり燃えない火というわけではない。発火だよ。

 動かしているのではなく、動かそうとした先に発火を起こす。燃えない火ではなく、燃やしたくない部分だけ発火が起こっていない。

 能力そのものではなく、認識、つまりはイメージの問題。

 霧川、君に問おう。火を動かすのと作りだすの、燃やさない火と燃やす火、どちらの方が負担は大きい?」

「……作りだすのと、燃やさないようにするのかな」

「……それはおかしい。火を動かすのも作りだすのも、同じように発火であるし、燃やさない火に至っては発火がむしろ燃やす火より少ない。

 これはどういうことだろうか? 私が間違っている? 君が間違っている?」

 私はいつもより長い間を、霧川に少しでも思考させる時間を与えて、解答を提示した。

「…………どちらも間違っていない。そう、間違っていない。

 負担は同じはずなのに、少ないはずなのに、多い。それは霧川、君がそう思い込んで(・・・・・・・)いるからだ」

「思い込んで?」

「……火を発生している所よりも、動いている所の方がイメージしやすい。部分も燃やさないのよりも、全部を燃やす方がイメージしやすい。たったそれだけの差。

 一般的には自身を中心とした一定範囲にのみ影響を及ぼすものだと知られているが、そんなことはない。理論的には、距離や射影物は何の関係もない.

 しかし、遠いと感じはする。基本的に、飛び道具は距離があればあるほど失速するし、弱くなる。その法則は超能力サイキックには当てはまらないが、当てはめてしまうのが人間のさが」

「……ちょっと待って。それって、つまり――」

「……そう。もし全てを燃やし、燃やしたいものだけを燃やし、燃やしたい所を燃やし、その一瞬で燃やす発火を手足を動かすくらい自然にイメージできれば、その場所の燃やしたいものだけをどんなものでもタイムロスもなしに一瞬にして焼いてしまう火を具現化することもできる」

「そんな……そんな、まるで神様みたいなこと……」

 霧川はショックを受けていた。情けない。しかしまぁ、私が言ったことにも若干の語弊、と言うか勘違いを招く要素が含まれているので見逃してやろう。

 とは言っても、代償はそれが強力ならば強力な程必要になってくるわけで。ものによっては精神力なんてチャチな代償では済まないケースも結構な頻度であるし、言うほど万能でもなかったりする。

 もっとも、強いことは強いのだ。でも――、

「……あくまで過程の話。可能ではあるが、それは不可能」

 そう、あくまでIFのお話。

 人間は神様などではない。

「……人は限界を知っている、距離の概念に縛られる。イメージなどそんな自然にはできない。

 理論的には可能でも、倫理的には不可能」

 まぶたを一時間開け続けることは、まぁ、物理的には可能だ。しかし、そんなことを脳は許容しない。例え本人が瞬きをしないよう意識しても、結局はしてしまう。つまりは、そんな所だ。

 人間には、できないこと。

 しかし、それでも――

「……だが、それに少しばかり近づけることくらいはできる」

 一時間も瞬きを止めはできなくとも、一分くらいならまぁ、頑張ればできなくもない。

「……霧川、君は少しずつ能力が強くなっているという実感があるはず」

「え? な、何で?」

 少しどもった。それが指すのは、肯定。

「……それは強くなったから実感はあるのではなく、実感があるから強くなったということ。言っていることの意味はわかる?」

「う、うーん、な、なんとなくは」

 わかっていないようだった。

「……成長する、といった認識があれば、能力は成長する。それだけのこと」

「えーっと」

 まだ納得のいかないようではあったが、まぁよしとする。

「……言った所でわかるようなことではない。これは実感する必要がある」

 Don't think,feel.

 考えるな、感じろ。

「……言った所で意味などないが、このことは頭の片隅にでも残しておけ。

 超能力サイキックの本質に気付いた時、君は愕然と強くなる」

 知識や知恵なんてものがあろうとなかろうと関係ないくらいに。

 “ラグナ”たるこの私を超え、己を最強と信じて疑わない発火能力者パイロキシスト、“地獄の業火(ヘルフレア)”をも超えるかもしれない。

 だから、私は彼の名だけは覚えている。

「……強くなれ、霧川」

「あ、うん……」

 沈黙。話は終わったようだ。

 でもなぁ、ただの暇つぶしのはずが、ヘタしたら今後の展開に大きく影響のありそうな話が展開されたなぁ。

 ま、いっか、どうでも。

「ラグナー、霧川君ー、お菓子ができたわよー」

 先輩の声。暇時間も終了だ。

 先輩がイチゴのショートケーキを三つ、私達の目の前に並べる。普通においしそうだ。

「……これ、リーナさんが作ったんですか?」

「ええ、そうよ」

 霧川が、こう、戦場を前にした兵士みたいな顔をして、こう言った。

「……ラグナ、やっぱり、最強はリーナさんだんと思うよ……」

 うん? 何の話?

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