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クうか食われるか



「結局」


片手に傘を持ち、片手にビニールの袋を持って。気怠げな猫背を厚手のダウンジャケットで覆って雪の中をぶるりと震えながら歩く。


「外に出ることにはなるんだなー」


まだ日は落ちたばかりの時間帯だというのに、曇天と冬があいまって外の明るさはすっかりと夜半のものだ。袋の中身は、スーパーマーケットで買った食材の類。


「僕だけで行ってもよかったのに」


「いやあ、泊めてもらう分際で食料の買い出しまで全部やってもらって、なんて流石に気が済まないよ」


「でも荷物くらいは持っ…」


ひょい、と手に取ろうとしたそれを目の前で取り上げるように動かす海莉。意地悪、というよりかは。


「一応まだ、『アニキ』なんだろ?ほんのちょっとくらいはアニキらしいことさせな」


言い終えてから照れ臭そうに笑い、そうしてから改めて歩き出す。その様子を見て汐音はただほっと、温かいスープでも飲んだようにほっこりと微笑む。


「ふふ。それなら、そうしてもらうね」


「ん」


雪のしんしんと降る中。二人の頬が赤いのはどちらかというと、寒さの比重が大きくはあった。




……



「シメは雑炊にすっか」


「え、僕もうお腹いっぱい」


「なんだ、口ほどにもない。女みたいな少食だ」


「おっと!その発言今の時代だと差別になるよ」


「うるせ。

…まあ…見た目がそれだし少食でも違和感はないな」


「ふふふ、また見た目で得したかな」


ある程度の食事、で済ませようとした二人だったが、気がつけばかなりしっかりとした食事を終わらせる。そうすれば、一日の残りにやることは然程残っていない。その日一日の汗や汚れを落とすことくらいのものだ。


「はー…がっつり食べたから、ねむ…」


「先にシャワー浴びる?」


「うぇっ、げほっ、ごほっ!」


ただ何気なく聞いただけの発言に、先まで食べていた雑炊の米粒が誤嚥するような動揺をするカイリ。何かおかしなことでもあったろうか?とシオンは首を傾げるばかりだ。


「……寒いけど…いいや。

なんかすごくおかしな気分になったから」


「?そう?そしたら僕は入ろうかな。

カイにぃはゆっくりしててね」


「あぁ…うん…」


そうして、スマホを弄りながらどうにも気もそぞろに、頭をごんごんと叩く海莉を尻目にシオンは風呂場に歩いていく。

うぅ、寒い寒いと言いながら羽織った上着を脱いで。


「一緒に入る?」


「ばっ…入るわけないだろ馬鹿!」


「あははは、冗談だよ冗談」


そのまま、シャワールームのドアが閉められる。

一糸纏わない姿で、ぼそりと汐音は一人ごちた。



「別に、僕はいいんだけどな…」


…心臓が割れるように動き続ける。

それもまた、高揚やら興奮というより。

極度の、緊張。

二度と失敗してはならないという、緊張。





……




どくん。どくん。

僕の言葉選びは変じゃないだろうか。

鼓動が半信半疑に、揺れ続ける。

失敗してないか。失敗。

失敗が、恐ろしい。なぜそうも怖い。



あれは、僕たちが遊び初めて、しばらくしたくらいの時期。カイにぃが、僕の『アニキ』になってから半年はぎりぎり経たないくらいだったか。


僕は、本当に楽しい生活を過ごしていた。

初めて出来た、歳の同じ友達。僕を嫌な日常から連れ出してくれた憧れとの生活。きっと今までの僕は、僕ではなかったと思えるくらいの、お腹の底から出てくる声と喜び。それは僕の人格すら変えるようで。


だけどそれでもクラスから、じろじろと見られる感覚は減らなかった。むしろ変わり者が二人、になったものだから奇異の視線は更に増えたようで。出来るだけ早く、放課後になってカイにぃと二人だけになりたい。

ずっとそう思ってた。


いつも通りに、馬鹿にされる。なよなよしてて気持ち悪い、言いたいことがあるならハッキリ言えよ、何をぐちぐち言ってるんだよ、と矛盾したような罵倒。それでも僕はそれを出来る限り聞き流していたけれど。


『眼の色が気持ち悪い』『変だ』

と、言われた直後くらいに、先生が来て。

それを言った子が先生に変だよな、と同意を求めた。


『そうだな、変な色かもなー』。

その先生は、最初にそう言った。


…今になったら、わかる。きっと先生は周りの子と波風を立てないまま、穏便に、出来るだけ穏便に事を済ませようとしていたこと。その後に続く言葉が、でも君にとっては変な色でも、それが普通な人もいるんだ、とかの教養的な言葉だったかもしれない。


だけどその時の僕には、先生まで僕を変だと思っていると、それにしか聞こえなくて。ああ、先生まで、大人までそうなのかと。足先から何かに食われるような絶望感に囚われた。


カイにぃは、その僕の顔を見た瞬間に。ガタン!とイスを倒す勢いで立ち上がって。ゆっくり、先生の前に行ったと思えば、周りがどうしたんだとびっくりしている内に、先生を思い切り蹴ったんだ。



『今笑った奴ら、出て来い!

全員、こうしてやる!全員、出てきやがれッ!』


…当然、そんなことを止められないはずがない。そして大人に全力で子どもが攻撃したとて、そんなに痛いことはない。何をしようとしてるんだ、と取り押さえられるだけで結局その場はそれであやふやになって終わる。その時はおかしな奴が癇癪を起こしただけ、変な子がいつも通り変な事をした、というだけで終わってしまったんだ。


だけど僕はそれに、すごく救われた。

それそのものである僕を、笑ったことを許さないでいてくれた。僕のために、怒ったこと。それはきっと、君はそのままでいいと言われたようで。存在を認めてくれたようなその事実だけが嬉しかった。



…だのに。

僕は過ちを犯した。

ここで終わっておけば、ただ、嬉しいだけの話。

なのに僕は、そこで失敗をした。


僕はその後、カイにぃに急いで会いに行った。そして、僕のことなんかより、カイにぃが傷つくことがただ怖くて。僕のためなんかに怪我なんてしてほしくなって。もう二度と、こんな危ない真似をしてほしくなくて。

だから僕は言ったんだ。



『もう、こんなことしないで』と。


カイにぃは、目を見開いて。そうしてから一瞬怒ったように僕の胸ぐらを掴んだまま、何もせず。ただそのまま弱々しく手を離してその場を去っていった。


『ああ、そうかよ』

それだけを言い残して。


失敗した。僕は心底、青褪めた。そういうつもりで言ったのではない。そう一言でも言えれば良かった。だけどそれすら出来なかったせいで、僕のその言葉は、僕の思っている感情の真反対の意味で受け渡された。


それ以降、話をする機会も少なくなった。カイにぃが放課後に遊びに誘ってこなくなった。そうすると、僕からも話すなど、できなくて。そうだ。いつも誘ってきて連れていってくれるのは、いつもいつもカイにぃからだった。


謝らないと。謝らないと、謝らないと。

何よりもきみに、ありがとうを言わないと。そうして、これ以上嫌われたらどうしようと膝をすくませているうちに。


僕はその、暴力的なヤツが居る学校なんて危ない、と。

勝手に親に転校を決められてしまって。


……いいや、言い訳だ。

もっともっと、簡単なこと。

僕が男らしく、前に出ればよかった。あの時に僕を救ってくれた彼のように、ちゃんと言えればそれだけでよかったのに、それをしなかった僕が全て、悪い。


それが、僕の失敗。

僕の失敗は、僕とカイにぃと離れ離れにさせた。

そしてなにより、カイにぃを傷つけた。

助けてくれたひとを、一番に傷つけた。

僕はずっとそれを後悔している。


だから、二度と失敗してはならない。

失敗はもう、しない。

絶対に、しないように。


もう二度と、傷つけないように。

もう、離れたくはない。もう。



「………はっ!」


ばく、ばく、ばく。シャワーを浴びていると、何故だか思考が深く深く沈んでいく。集中に向くならばいいが、過去の追想に潜ると、こうして、気が付けばかなり時間が経ってしまった。


「……」


きゅっ、シャワーの栓を閉めて。

少し湯を浴びすぎた身体を冷ますように、出た。




……



「お待たせ、カイにぃ。

シャワーはほんとに浴びなくてもいい、の…」


そう語りかけながら歩いてから、声を小さくしていく。それは近付いて、カイリの様子に気がついたから。


すぅ、すぅ。

小さな寝息を立てて眠っていた。

確かにさっき、眠いと言っていた。

疲れか、食べすぎたからか。

どちらにせよ寝ついてしまった『アニキ』を見て、シオンは仕方ないと満更でもない様子で毛布を出す。厚着のまま寝ているから、汗はかかないかと心配ではあったが。


そうして寝ているカイリにそっとかけたのだが、その感覚に反応したのか、みじろぎしてすぐにそれを剥いでしまう。

そのまま風邪をひいたらまずい、と。

今度は膝を曲げて、肩の方までちゃんとかけてやる。そう、顔を近づけた瞬間、うぅん、とうなりながらまた身体を動かして。


肩の方に手を回したシオンとカイリの顔が、とても近しくなった。



「……」


どくん、どくん。心臓が、跳ね回る。

こんなことはしてはならない。

こんな想いはしてはならない。

そう思っているのに。

この心にある感情は、なんだ。

どうしても湧いてきて、出てくる感情はなんだ。

汐音には、答えがわかっている。


思う、想う。

僕にとってのこの人は憧れ、のはずだ。

僕は、この人を傷つけた。僕は男だ。だからこんな気持ちはあってはいけない。なのに、なのに。



(好きだ。好きだ、大好きだ)


この人を愛していてやまない。脳髄と下半身が、この愛を勝手に性や恋であるのだと決めつける。自己嫌悪よりも先に脳を埋め尽くすほど。


「カイ、にぃ…」


近い、近い口。

シオンは、それにゆっくり口を近づける。

震えは、緊張なのか興奮からくるものか。

わからないまま、ゆっくり、ゆっくりと。

捕食をするような距離の状態で。



「………」


口付けの瞬間は訪れなかった。

それを邪魔したのは、前に出されて、つっかえ棒になった、カイリの腕。海莉は、今や目を覚まして、そうして腕でその距離を保たせていた。


それだけで、汐音はひゅっ、と正気付き、息を呑んで青褪めた。なんてことを、しようとしていたのだろうと。顔が見れない。カイリがどんな顔をしているかも、わからない。ただ次の言葉を、待って。




「だ、だめだ…」


「…だって、お前、男だろ…?」




ぴしり、と心にヒビの入る音が聞こえたと思った。



「………あ……」





……



そうだ。

僕は、男だ。



「ご、ごめん。そうだよね、気持ち悪いよね。

男がこんな、こんなことして…」



そうだ。

なにをのぼせていたんだ。

もう一度逢えただけでも奇跡だったのに。

それで満足しておけばよかったのに。



「…え?」


「じょ、冗談!冗談だよ、さっきのは!あはは、本気にした?僕、えっと、のぼせたから!少しだけ散歩行ってくるよ!カイにぃはゆっくり寝ていて!その、ベッドも使っていいからさ!それじゃ!」



その、奇跡にのぼせあがって。

またこんな過ちを犯してしまった。



「おい、違っ…!」



ばたん。

言葉を聞くことすら怖く、逃げるように扉を閉める。

走る、走る。

積雪の中の走りは、幾度も足を滑らせて。それでも綿雪が怪我をすることすら敵わせず、何度も、何度も走らせた。風呂上がりの薄着で冷え込む中、全力で走って、走れなくなるまでずっと走る。何かから逃げるように。何から?自分の、したことから。


もう、走れないほど疲弊した先。

自分が辿り着いた場所を見て、シオンは自嘲した。

なんて、未練がましい。


そこは、久しくカイリと出会えた、公園。

子どもの頃によく遊んでいた、小さな空き地。

ただ、ブランコだけがあるそこ。


「……ああ……」


失敗した。失敗した、失敗した。失敗した、失敗した。間違えた。言葉を間違えた。行動を間違えた。ぜんぶ、間違えた。

また僕は繰り返した。

失敗をして、それを取り繕えず、更に間違える。

あの時のままだ。


『なぁんだ、お前。あの時のままだ』


あの時のまま。

ああ、そうだ、カイにぃが言う通りだ。

僕は、あの時のままだ。

弱くて、卑怯なまま。



そして、きっとあの時のまま。

また、カイにぃが僕から、離れていく。



「………ははっ」



ぎこちなく、笑ってみた。

だけれど、どうにもやはり。

男らしく、堂々と構えるのは難しい。


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カイさんかっこよすぎやわ、こりゃ惚れる
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