斜陽
最終日、斜陽館と弘前城に行く予定。
乗るバスは「エルムの街」行き。しかし、そんなバスはない。
探してもわからないので、先に弘前城へ行くことにした。電車に乗る。
弘前城から斜陽館へのルートを再検索。ここで残念なお知らせ。一日で二つ回るのは無理。
新青森駅で降り、またも「エルムの街」行きを探す。バス停を見て回ると、「五所川原」行きがあった。『津軽』で出てきた街。これだ。
バスが来ると、『五所川原経由 エルムの街行き』。津軽を読んでいてよかった。
斜陽館は太宰治の生家。一時期はホテルになっていたが、今は公開されている。
津軽の奥地でありながら、ハイカラな雰囲気。大正ロマンの形容が似合う。
玄関をくぐると、奥まで続く土間。左手には磨き上げられた廊下と、和室。
台所を曲がった座敷にお膳が積まれていた。
『十人くらいの家族全部、めいめいのお膳を二列に向かい合わせに並べて……』
『人間失格』で描かれたシーンが、目の前の光景をもって再構築される。
二階には客間。踊り場から左へ行くと上流階級向け、右は庶民向け。階級社会が目に見える形で示されている。
客間の奥には洋間。『サイダーをがぶ飲みにした』ソファーがあり、隣には手習いをした和室。
斜陽館だけでも豪邸を名乗る資格十分だが、これは敷地の一部でしかない。
建築当時の津島邸は2700坪。けた違いのお屋敷である。
斜陽館を出て、金木駅方向に歩くと、「太宰治疎開の家」がある。文字通り太宰治が疎開中に暮らしていた家で、ここも津島邸の敷地内。
疎開の家、は斜陽館とは別のオーナーが管理している。つまり、ここでも入場料が発生する。文学の反逆児も今や立派な観光資源。
オーナーから説明を受け、書斎にあぐらをかいた。
太宰が『パンドラの箱』『トカトントン』などを書きながら見た景色。
私は長く作家を夢に見て、諦めた人間だ。
好きな作家への憧れ、成功した作家への嫉妬。諦観。
帰りの車窓、岩木山が見えた。
『津軽』で美人と評される山。あの立ち姿を見て育てば、富士を俗な山と見てしまうのも無理からぬ。




