青の残響-Code:iz-
間違えて連載にしてしまったためスピンオフです!
雪が降っていた。
白い街。冷たい空。
そのすべてが音を失っている。
銃を構える。
スコープの中に、標的――“リリィ”。
初めてその姿を見たとき、息を忘れた。
銃を構える仕草まで、異様に静かで美しかった。
冷たさの中に、どこか人の気配が残っていた。
彼女を撃てるだろうか――そんな疑問が胸の奥を掠めたが、
次の瞬間にはもう、無線の声が全てを押し流した。
『標的確認、排除せよ』
イズ――それが自分の名だ。
任務の中ではそれ以外、何者でもない。
本名を呼ばれたのは、いつだったか。
思い出そうとすると、
柔らかな声が、記憶の底で揺れる。
『ねぇ、蓮。人はね、名前で生きるのよ。
名前を呼んでもらえるうちは、生きてるの』
母の声。
もう聞こえないはずの声。
あの日、病室の白い光の中で、
彼女は静かに眠るように息を引き取った。
葬儀の日、降っていた雪が、今日と同じ匂いだった。
――そして今、やっと意味がわかった気がする。
呼ばれるということは、生きることなんだ。
誰かの記憶の中で、自分という音が響くこと。
それが、生きている証だった。
「……排除せよ」
無線の声が、再び命令を繰り返す。
狙撃の姿勢を取る。
リリィがゆっくりと動いた。
風に揺れる黒髪、白い息。
その目が、まっすぐこちらを見た。
まるで――撃たれることを、最初から知っていたように。
引き金を引く。
同時に閃光。
世界が裏返る。
胸に走る熱。
彼は倒れ、銃を取り落とす。
雪の向こう。
リリィがこちらを見ていた。
スコープ越しに、唇が動く。
声は届かない。けれど確かに読めた。
――「蓮」
時間が止まる。
その名を知る者は、もう誰もいないはずだった。
なのに、彼女は呼んだ。
「イズ」ではなく――「蓮」と。
胸の奥が、ゆっくりと熱を取り戻す。
雪の白がにじみ、視界が淡く滲む。
足音が近づく。
雪を踏む音がひとつ、またひとつ。
リリィがそこに立つ。
銃を手放さず、まっすぐに彼を見下ろしていた。
その頬に、風が白く触れる。
蓮はもう言葉を出せない。
それでも、彼女の影を目で追う。
リリィはほんの少しだけ口角を上げた。
笑った――ほんの、ひとときの微笑み。
そして、静かに言った。
「……蓮」
その声は柔らかく、あたたかかった。
雪の中で、彼は目を閉じた。
母の声が遠くで重なる。
『名前を呼んでもらえるうちは、生きてるの』
――あぁ、母さん。
確かに今、俺は生きてる。
雪が降り続ける。
彼の胸の鼓動が、ゆっくりと消えていく。
世界が音を失っても、その名だけが残った。
白い息と一緒に、
「蓮」という音が、冬空に溶けていった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
好評だったらシリーズ化したいと思います。




