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青色 7-8

 紅一点の二人がそんなふうに仲を深めていたとき、別の場所ではエンカウントバトルが発生していた。目が合った瞬間にくるっと方向転換して逃げ出すシアの襟首をフゼルがむんずと掴み、できる限り声量を落としたせいでライオンが唸るように低くなった声で「おうおうおう」とカタギとは思えない挨拶をする。


「テメェよくもやってくれたな」


「……この間はどうも、フゼル殿」


 怒られることをした自覚はあるシアは、童話の猫が浮かべるような甘えた笑みだ。


「筆出せや」


 フゼルはドスの効いた声で指示し、シアが大人しく右手の中に握った透き通るような青の剣を取り上げると彼を離した。やはりなまくらのまま筆になっている刀身を調べて、「チクショウが……」とシンプルな暴言を吐く。


「俺の部下言いくるめて勝手に持っていきやがって、もう一回預かるからな!」


 フゼルがそう言うと、「あら、研ぐのォ?」とベラが口を挟んだ。


「どうだろうねェ、あたしのノコギリって一度も研いだことないけど鈍らないし、もう研いでも形は変わらないんじゃなァい?」


「はぁっ!?」


「俺も同感だ」イーセルが続く。「故意に筆の刃同士をぶつけても刃こぼれすらしないしな。ベラの予想は正しいと思う」


「ふざけんな!」とフゼルが手に赤茶色の金槌を持ち上げた。それにはシアも慌てて長剣を彼の手の中から消す。


「おい、消すんじゃねぇ! 代わりはまた作りゃあいいだろ!」


「嫌だよ、めちゃくちゃ吐くんだぞ、筆が壊れると……。別に僕はこれで充分だ、戦うつもりで頼んだわけじゃない」


「こんな劣悪品がうちから出たってのが問題なんだよ! お前がどう使おうが知ったこっちゃねぇわ!」


「おいおい、うちは武器屋じゃないぜ? 模造刀で言い訳が済むならそれでいいだろ」


 職人としてのプライドにどんどん声が大きくなっていくフゼルの背中を叩き、メイデイが後ろから顔を覗き込んだ。


「うちは本来包丁以上の刃物は扱ってないんだよ」


 言い聞かせるような声音に、彼はしぶしぶ金槌を消失させた。さて、とメイデイがイーセルを振り返る。


「私ら、この屋敷調べていい? インフラとかどうなってるの? ある程度はまけてあげれるしさ、うちが動いていいなら一応予算とか聞きたいんだけど」


 家をも建てるなんでも屋、雑貨のルッタの本領発揮だ。メイデイとイーセル、それからシアが大広間に移動して工事の打ち合わせを始めるのに、ベラとフゼルは先に屋敷の点検に入った。サミュエルとエルディアに起こされ始めた子どもたちが大広間から出てくるのに、「こんにちはァ」とベラが視線を合わせながら挨拶をした。そろそろ初対面の人に慣れてきて、子どもたちには階段を上っていくその見知らぬリーデルの大人は憧れの対象として映った。


 朝に弱い主人公はエルディアに起こされてやっと目を覚まし、メイデイがいるのにきょとんと目をこすった。


「……? ふあぁ……って、学校!」


 即座に目が冴えてパスは慌てて立ち上がったけれど、そういえば昨日は土曜日だったと思い出す。だからシアも家にいて、あんな大規模な作戦がとっさにできたのだ。


「あ……今日、日曜日……」


 となると、もういっぺん眠りたくなるのがねぼすけの習性である。パスはぺとんと再度床に伸びた。


「おーい、サミュエルーっ」


 朝ごはんに鹿を狩ってきたビアーも戻ってきて、キッチンの勝手口から家の奥へ声を投げた。


「手伝えーっ」


「今行く!」


 サミュエル──まだ髪が春に彩られたままの──が急いで大広間を出て行くのを、パスは半分寝ながら見送った。二度寝しない~、とエルディアが声をかけてくるのも、心地よい環境音として処理する。



「兄上!」



 その誰でもない声には、どうしても振り向かなければいけない威力があった。全員があっけにとられて、大広間の入り口に現れた見知らぬ少年をぽかんと見つめる。年齢はパスと同じくらい、灰色の髪をひとつにくくっていて、場違いに格式ばった礼服のような格好だ。その後ろから、スーツ姿のハインと男数人がばたばたと慌てて走ってきて少年を囲む。


「全員、膝をつけ!! このお方はロエノス第一王子であらせられる!!」


 ハインが怒鳴って、パスたちは驚きながらもとっさにどたばたと跪いた。ただでさえ正式な敬礼を知らない人間がほとんどなのに、思わず立ち竦む子どもたちを近くにいた者がむりやりしゃがませ、まだ血色の悪い彼はぜーはーと肩で息をしながら胸を撫で下ろす。


「兄上! あなたまで跪かなくともよいのですよ、あなたは僕の兄ではありませんか!」


 ロエノスは驚いたように言いながら、一直線にシアのほうへ駆け寄って目線を合わせるように屈んだ。メイデイが関わりたくなさそうにシアの近くにいたのから、なにげなく距離を取る。


「弟に跪く兄なんておかしいです、お立ちになってください」


 その場にいる全員が彼の一挙一動を見つめているのに、全く飾ったふうもなく通る声で言う。


「……大きくなられましたね、殿下」


 王子が始めから懐いてくれているならそれを利用したほうが役立つと考えて、シアは従って立ち上がった。それはなかなか打算的な行動だったが、パスはそれを察せなかった──否、察せたとしても彼は黙っていられなかっただろう。彼は今、自分で決めて行動するという意志にあふれていたのだ。


「誰だよっ」


 精いっぱい力んでもなんの凄みのないかわいい声に、たいへんな数の大人が死を予感した。すっくと立ちあがってロエノスのほうへ向かおうとするパスに、メイデイとイーセルが掴みかかるようにしてその体と口を押さえる。


「失礼!」ああ、失礼って語彙は使って大丈夫なんだっけ。メイデイは死を予感した。「彼は私たちで取り押さえておきますので、ここはどうか、ご容赦ください、殿下!」


「もが、ふが」


 もたもたと暴れるパスを、ロエノスが顔をしかめながら見下ろした。「彼は?」と誰にでもなく答えられる人間を求めて言葉を放つ。ハインがシアをちらりと見て、顔を手で押さえるシアに代わって口を開いた。


「は、殿下。彼はシア・ディークの弟であるパス・ディークです」


「兄上の、弟?」


 不満げな顔でロエノスに睨まれても、シアにもう一人弟がいるのはハインのせいではない。とっさに王子の視界の外でシアの靴を蹴り、話せと促す。


「……ロエノス殿下は父親が同じ兄弟になりますが」シアが手の中から顔を上げられずに言う。「パスは母親が同じ兄弟になります」


 今度は礼儀の問題でもう一度靴を蹴られて、シアはやっと顔を上げた。話の主軸を変えるしかないと思って、愛想笑いを浮かべながらロエノスを見る。


「愚弟が失礼いたしました。ご覧の通りここでは部外者も多いですから、どこか場所を変えませんか?」


「ふぬ~~~!?」


 〝部外者〟というワードに激しく反応して、パスが声にならない声を上げた。その瞬間キッチンのほうから「あ~~~ッッ!!!!!」ドンガラガッシャーン「ぐえーッ」というものすごい物音だけが聞こえてきて、もう全員がきょとんとしているところに余韻のからんからんとなにかが転がる音が響いた。



「……。……ええ、どうやらそうみたいですね」


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