青色 7-7
「ああっ、サミュエル、私嬉しいわ、あなたの好きにしてちょうだい……」
「本当か? 迷惑じゃないか……?」
「迷惑なんて!」むしろご褒美!「私も交代であなたの髪を梳いてあげたいわ、あなたもかわいい女の子なんだから」
半分口説くようにエルディアが言うと、サミュエルはうっすらそばかすのある頬にヒナゲシを咲かせながら口を閉じた。エルディアの背後に逃げるように潜り込んで散髪を再開する。
「私なんか、いいよ……髪も短いし」
「あらっ、今のトレンドはショートカットなのよ~。あなたみたいなパーマをかけたボブヘア。サミュエルは流行の最先端にいるのね!」
「……」
逃げ腰に投げた球を真正面から打ち返されて、サミュエルが黙り込んでしまう。エルディアは相手のペースを乱してしまったのだと気づいて、唇を擦り合わせて俯いた。
「ごめんね、困らせちゃったわね。私、しばらくぶりに女の子とお喋りできたから楽しくて……」
「いっ、いや! 私も……!」
そもそも、サミュエルもそんなふうな動機で散髪を申し出たのだ。「あの、あの」と話題を変えようとなにも思いついていないのに口を開く。
「その……私もあとで髪を梳いてほしい……」
「ええ、もちろん!」エルディアは気合いを入れて返事をした。「ヘアアレンジもしていい? 私、まだ編みこみできるかしら~」
「う、似合わないから嫌だ……」
「すぐ解くから、お願い!」
そんなところで、エルディアの散髪が終わる。綺麗に揃った黄色の髪から顔を上げて、サミュエルは「絶対すぐほどいてくれよ……」と上目遣いに言いながら立ち上がった。
「終わったぞ」
「やった~! ありがとう!」
エルディアが椅子から立ち上がって、サミュエルに座るよう促す。交代でサミュエルが座ると、さっそく細い指が橙色の髪に滑り込んだ。エルディアが鼻歌を歌いながら手櫛を通し、そのあと櫛が入れられる。雑に流されていた髪をさらさらに梳かし、近くの綺麗な草花を摘んできて髪留め代わりに結わえたり、花束のように作って小さなコサージュにしたりした。ふんふん言うエルディアがサミュエルの前に回ってきて、髪のひと房ひと房をいじって整える。
「かわいいっ。いやん! かわいい~!」
普段と違う髪型というものは、乙女の姿をまったく変えてしまうものだ。恥ずかしそうにエルディアを見上げて、サミュエルがへなへなと微笑んだ。エルディアは自分だけでなくほかの人間にも彼女を見せびらかしたいと思ったけれど、なんとか踏みとどまって口を閉じながらくねくねする。
「……鏡ってどこかにあったっけ」
「はぁ!」エルディアは大きな声が出た。「探しましょ! トイレかお風呂にはあるんじゃないかしら?」
自分に自信なさげな態度をする女の子が、気おくれなくおしゃれを楽しめるようになるならそれは素晴らしいことである。エルディアがサミュエルの両手を取って引っ張ると、彼女はつられたように笑みを深めて立ち上がる。
「あぁッ!?」
その瞬間、屋敷の正面のほうから花火のような大声が聞こえてくるのに、エルディアは「きゃあっ」と悲鳴を上げてサミュエルの胸の中に飛び込むこととなった。不意に外ががやがやし始めるのにサミュエルがきりりと表情を引き締めて歩き出すけれど、お花の乗った頭を思い出して『あっ』と眉を八の字にしてエルディアを振り返る。
「イーセルがいるのに私たちが中に入れないだって⁉ はン! 私たちずいぶん怖がられてるみたいだ!」
「そういう物言いがややこしくするんじゃないか、メイデイ」
「シアくんが責任者なら早く彼を連れてきてよ、それで済むんだろ! ……ボディチェック? ああ、どうぞ」
エルディアは玄関まで様子を見に行って、イーセルと見覚えのある三人組が監視の警察官に止められているのを見つけた。彼女よりためらい気味に外を覗くサミュエルに、「彼女たち、私も会ったことのある友達よ!」とほっとしながら伝える。
「メイデイさん!」
エルディアが来客に向かって手を振ると、雑貨屋の面々は彼女に気づいておーうと手を振り返した。サミュエルがとっさに頭を引っ込めて、おそるおそるもう一度顔を出す。
「シアを呼んでくればいいのー? 私、呼んでくるわ!」
エルディアがそう言って廊下を振り返ると、そこには話題の人物が眠そうな顔をして立っていた。
「ぎゃっ」
「わぁ」
「おはよう……」
足音ひとつしなかったから思わず悲鳴をあげた二人に、シアが律儀に朝の挨拶をする。メイデイの声で急いで起きてきたのか珍しくあげられた前髪が濡れており、エルディアたちとは反対のドア枠に寄りかかって立つと、顔を背けてあくびをした。
「ああダメだ……悪いが僕の言ったことを向こうに伝えてくれないか」そんなふうに言って、「その三人は僕の友人だ」と道の先の三人を指差す。
「その三人は僕の友人だって、言ってるわー!」
「中に入れてくれ、それから彼女の連れるリーデルにも無礼な扱いは許さない」
エルディアは大声で復唱して、「って、言ってるわー!」と付け加えた。彼女の嘘ではない、と示すようにシアが大げさに頷き、もういっぺんあくびをしながら「水を飲んでくる……」と屋敷の中に戻り始める。
「ん? ああ……かわいいね」
サミュエルの髪に気づいた彼が自分の髪を指差してすれ違いざまに褒めて行く。真っ灰になって硬直するサミュエルの代わりに、そうでしょう、とエルディアが胸を張った。
「いやー、助かったよ~。私どうも警察って苦手でさぁ」
「おっきなお屋敷ねェ……」
「チッ、あいつ逃げやがった……」
「子どもたちが寝てる、あんまり騒いでくれるなよ」
間髪入れず、雑貨屋の三人とイーセルが玄関にやってくる。メイデイが初対面のサミュエルに気づいて、「おはよう」と人懐っこく挨拶した。
「私はメイデイ・ルッタ。朝早くに押しかけてごめんね、一応腐れ縁だし、力になれることがあったらと思ってさ」
「あっ、ええと、」
「あたしはベラ・オットーよォ、こっちの大男はフゼル・シーナン。よろくしねェ」
フゼルはなんだか、イライラしているようだ。ここで恥ずかしいからと言って逃げるわけにもいかず、サミュエルはおどおどしながら名乗り返した。
「私はサミュエル・クロノフ……その、兄がいつもお世話に……」
「兄ィ!?」メイデイがすごく嫌そうな顔をする。「それって、イーセルがぁ? はぁーッ、こんなかわいい子が……もったいない……。こいつより私の妹になっちまわない?」
「え……」
サミュエルが正直に絶句してしまうのに、ベラがひいと笑って喋れなくなる。その代わりにしかたなく、フゼルが不機嫌をこらえて止めに入った。
「……嬢ちゃん困らせてる場合じゃねえだろうが、メイデイ。俺ぁさっさとあのバカ野郎をぶん殴りてぇんだよ!」
「治安の悪いことを言うな、よりにもよって警官の前で」
三者三様に喋る雑貨屋組の前では、イーセルもツッコミに回る必要がある。
「バカやろーって、いったい誰のことなの?」
平均身長が急に十五センチくらい上がったので、エルディアは背伸びしながら言った。雑貨屋組は口がとびきり悪いだけで心優しい人間だと知っているから、その声音にはまったく危機感がない。
「シアん野郎だ! あいつ、俺に長剣を頼んでおいて、研ぎが終わる前に持っていっちまったんだよ!! あんなのを俺が売ったなんて知れたら俺の評判が落ちるじゃねぇか!」
「どうどう、フゼル。朝目が覚めたら知らん大男が怒鳴ってるなんて子どもたちがかわいそうだろ~」
失礼するよ! と爽やかに言って、メイデイたちが屋敷の中に入る。廊下の先に大広間を見つけると、あっちっぽいとか言いながら三人で探索し始めた。
「はぁ……」
イーセルは頭が痛そうにため息をつく。
「すまん、俺は彼らが乱闘を始めないように見ておきたい。そろそろ子どもたちを起こして……」
と、言いながら、彼はサミュエルの髪に気づいて言葉を止めた。ちらっとエルディアを見て『褒めるべし』という圧を受け取り、妹に視線を戻して微笑む。
「?」
「似合ってるじゃないか、かわいい」
「ああっ、忘れてたのに、もう、うるさい、反応しなくていい」
ぽすっと髪の上に手を乗せられて、サミュエルは両手で顔を隠して呻いた。はははとイーセルが笑いながら去り、彼女はエルディアのほうに逃げ込む。
「……うふふ~」
エルディアはむすっとした顔のサミュエルの背中をよしよしと撫で、それから相手の両手を握った。なにか、言いよどみながら口を開く。
「あのね、私、サミュエルのことみんなに褒めてほしいはずだったのに……」
ほんのりと薄い肌の下にアザレアの花を透かせて、エルディアが上目遣いに言う。
「やっぱり、ほんとは独り占めしたかったかも……」
「ん……」
彼女の告白になんだか底知れない愛おしさに襲われて、サミュエルはしわしわと鼻に顔のパーツを寄せながら変な声を漏らした。
「また今度別の髪型を教えてほしい、それから……次は私もディアの髪をいじってもいいか?」
サミュエルがそう答えると、エルディアはぱあっと表情を明るくして「ええ、サミュ!」と飛び跳ねながら言った。
「もちろんよ~!」




