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青色 7-6

 その翌日、朝もやもまだ晴れない時間帯。サミュエルはこんこんと眠っていたのから、弾かれるように目を覚ました。横向きに寝ていたのから素早く起き上がって、一瞬なんだこの寝心地の悪すぎる部屋はと思ってから、ああ、家は変わったのだと思い出す。


 周りを見渡すと、ぐっすりと眠り柔らかな寝息を立てる子どもたちがすさまじい寝相を経た結果、ひとかたまりの毛布と化していた。しかし、ぬくそうである。サミュエルのそばには綺麗なドレスを着たままのエルディアが眠っていて、彼女は子どもたちから離れてしまっているタオルケットを拾ってその丸まった背中にかけた。エルディアがぴくりと反応してタオルケットの中に足を仕舞うのを眺め、そばに置いていたナイフを腰に下げながらやっと立ち上がる。


 パスとシアは暖炉のそばでなぜか抱き合って寝ている……のではなく、寝顔から見るにパスがシアの湯たんぽにされているらしかった。サミュエルはそれを確認しながら、暖炉の煤に火かき棒を突っ込んで火を起こし、いくつか薪を追加した。ビアーは自分のねぐらに帰ったし、イーセルは、ここにいないということは起きているのだろう。では、全員揃っている。


 空はまだ夜の気配を残した夢心地な色で、早起きな彼女を寝床へ戻るように誘った。サミュエルは朝日の差し込む中庭のポンプに近づいて、バケツに水を出した。たっぷり汲むと勝手口からキッチンに入り、大きな鍋に中身を移して沸騰させる。その間に、昨日のうちに作った生活用水を洗面器に汲んで顔を洗った。新しい水を充分な時間沸騰させると、もう一度バケツに移し替え、今度は一階の空き部屋に向かう。


 中に入ると、通常人間からしない匂いが鼻に届いた。ビアーの縄張りの山小屋からアビリトの紫色が運んできた古びたマットレスの上に、痩せた少女が眠っていた。サミュエルは部屋の扉をしっかりと閉め、彼女の世話に入る。


 昨日、とにかく大人たちの知恵と知識を合わせた結果、彼女の意識が戻らない理由は過度な失血や身体ダメージより心理的な原因の比重が高いだろうという診断結果が下された。パスと同じくらいか、ひょっとすればさらに若いかもしれない年齢に見える。少なくともサミュエルよりずっと若い少女の体の上の酷い傷を見ていると、彼女は昨日の兄を火がくすぶるように反芻してしまうのだった。


「……あち、つっ」


 油断して熱湯の中に指を突っ込んでしまい、サミュエルは思わず悲鳴を漏らした。濡らしたタオルをぱたぱたと揺らして温度を下げ、心地いい温度になったところで絞る。水気が切れると、それを少女の体に滑らせた。

 隅まで綺麗にしてやったら、託児院組の着替えを数着割いて作った簡易的な包帯で傷を覆ってやり、サミュエルの着替えを着せてやる。もとの服は、ぼろぼろになりすぎて洗濯ももたなそうだったのですでに処分したのだ。


 エルディアと気にかけながらこまめに部屋を覗いて、体を清めるのは朝と夜、あるいはそのときによる。そんなふうに決めてある。サミュエルはすっかり冷めたバケツと汚れたタオルを持って白群の部屋を出た。しかし点滴もない状況で、白群色がどれだけ持つかわからない。一応水差しとカップを置いているけれど、使ったことはまだ一度もなかった。


「……」


 ガラス張りの廊下越しに、大広間の入り口に誰か立っているのが見えた。サミュエルはガラス戸を開けて中庭に出、バケツを洗う。廊下をキッチンのほうへ横切っていきながら、彼女の視線に気づいて軽く微笑み返すのはエルディアだった。それでほっとして、もし警官か誰かだったらと思うと胸にざらついた怒りが湧くのに、彼女は戸惑って手元に視線を落とす。


 がらん、とほかのバケツたちに濡れたものを重ねた。


「おはよう、サミュエル」


 キッチンに行くと、エルディアが水を飲みながら穏やかに言う。ドレスの上のジャケットはかすかにしわがつき埃で汚れており、寝癖のついた黄色の長い髪が寝る前よりボリューミーに背中に広がっていた。


「早いのね。私もよく眠れなかったわ」


「私は、いつもこれぐらいだから……。あ、あと、あの女の子の体も拭いておいた」


 サミュエルは彼女の隣でやかんから湯冷ましをグラスに注ぎながら言った。並んで水分補給をする。


「本当っ? ごめんね、夜は私に任せて。明日からは私が寝坊したら起こしてね」


「ううん」彼女のかわいい口調につられて、サミュエルまで柔らかい返事をした。「それじゃあ朝は私、夜はエルディアが当番することにしよう。朝は自由がきくけど、夜は子どもたちの世話で私が手伝えないかもしれないから」


「うん、わかったわ。任せてちょうだい」


 にこりと笑って頷くエルディアを見つめて、サミュエルはうずうずと体を斜めに傾げた。本当は、エルディアが起きているなら家を任せて森にイーセルかビアーを探しに行こうと思っていたけれど、エルディアと二人でゆっくり話せる時間は今後なくなってしまうかもしれないのだ。


「あの……よかったら、散髪しないか、エルディア」


「散髪?」


「ああ。……っそんなにばっさり切ろうってわけじゃなくて、毛先の長さがバラバラだし、切り揃えないか? 私は普段みんなの髪を切ってるから、長さを合わせるくらいならちゃんとできるぞ」


「わあ、いいのーっ?」


 エルディアは思わず声を高くして食いついた。ずっと気になっていたのだ、ぼさぼさの髪のことは。手入れするようになってコシや艶は戻ってきたけれど、カットを自分でするのはなかなか勇気が出なくて。


「ぜひお願いしたいわ、ずっと気になってたの!」


「そ、そうか? じゃあ、ハサミを持ってくるから待っててくれ!」


 エルディアがわくわくして言うので、サミュエルはつられて声を弾ませながら早足に大広間のほうへ向かった。散髪バサミと櫛とついでに古い椅子も持って戻り、中庭に簡易的な散髪スペースを作る。


「本当は服に髪がつかないようにシートもあるんだけど……家に置いてきてしまったからちくちくするかも」


「大丈夫よ~」


 タータンチェックのジャケットを脱いで置き、春らしい白のシャツを見せるエルディアを椅子に座らせ、サミュエルはその長い髪に櫛を通した。まんべんなく丁寧に梳いて髪のうねりを取ったあと、しょき、と髪にハサミを入れていく。

 手慣れた小気味よいハサミの音は安心感があって、エルディアは思わずあくびを噛み殺した。


「ん~、朝から贅沢……うとうとしちゃう」


「よかった。ドレスもしわがついてるし、着たままでいいからあとで蒸しタオルを作ってアイロンしよう。あと、埃も私が取っておくから……」


「い、いいのよ、そんなこと」


 唐突にとんでもなくお嬢様扱いされるのに、エルディアは慌てて背後のサミュエルに向かってぱたぱた手を振った。サミュエルが手を離す感触に、後ろを振り向く。


「私自分でするから、あなたがそんなふうにお世話してくれなくて大丈夫よ?」


 そう言うとサミュエルは予想外にも捨てられた子犬みたいな顔をするから、エルディアは余計慌てた。


「ど、どうしたの……?」


「迷惑かけるつもりはなかったんだ……私、エルディアは綺麗だから、格好も綺麗にしてあげたくて……」


 背も高く野性的な体つきをしょんぼりと小さくしながら言う子どものような仕草に、エルディアは一撃で胸を打ち抜かれた。


 かわいい。

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