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青色 7-4

「改めて、僕は青色のリーデルで、長剣が筆だ」重く鋭い音を立てて、彼の胸ほどの高さの剣が床を突く。「青色は『共鳴』。ほかのリーデルの筆を扱える」


 シアが夕飯の残りものを食べるイーセルの肩を手の甲で小突くように触れると、彼の手の中に赤色の剣が握られる。シアは両手に二色の筆を握ったまま、机の上に赤色の剣を軽く振った。赤色の刃から、青色のインクがたらっと落ちる光景はなんとも奇妙だ。


「続きだ」両手から筆を消失させると、カウンターの隅に置いてある濡れ布巾でインクを消す。「父親は今の国王で、母は離宮のメイドだった。イーセルとは幼馴染だ、モノクロになった十歳のときからしばらく会っていなかったが、十九になるころに再会している。あとは……そうだな。パスは母親が共通の弟になるが、第一王子のロエノス殿下は父親が共通の弟に当たる」


「……『捜索願』」



 青色のリーデルをロエノス王子が探されています。所有している者、発見した者は直ちに警察及び王宮に名乗り出て青色を引き渡しなさい。

 引き渡しの際その扱いについてけして王子まで侮辱するようなことのないよう。



 混乱極まって目の焦点が合っていないけれど、パスはうわごとのように以前朝刊に挟まれていたチラシの内容を暗唱した。これだけのほんの短い文句に、今日、いったい何人の命が賭けられたのか。


「これが勝算だったっていうの?」


「そうだ、まあ、ほかのリーデルまで守れるかというのは賭けでしかなかったが……」シアは頷き、「ここは内情を知っている人に話してもらおう」とハインに続きを促す。彼は警帽のつばに触れながらしばらくためらったあと、ため息をついて口を開いた。


「……僕たちにも詳しいことは知らされていない。ただ、先刻の王子の返答から察するものはある。ロエノス王子は青色のリーデルを王族として迎えたがっているという噂だ」


「おっと、想像以上のものが出てきたな」


「これはただのゴシップだ、真偽はわからない」


 にわかにどよめく聴衆に首を振りながら繰り返して、ハインは失敗したというように俯いた。


「……忘れろ」


「いいだろう、君が話したとは誰にも言わないでやる」シアは薄ら笑いを浮かべながらそう言い返す。「王宮が僕でなにをする気か知らないが、こちらにも手はある。思い通りにはしてやらないさ」


 その瞬間、鋭い笛の音が響き渡った。はっとして即座に向かおうとするリーデルたちを手で制止し、ハインが苦々しげに言う。


「僕が行く、貴様らは顔を出すな。今の笛は『部外者』だ……」


 ぴゅう、とビアーが口笛で茶化すから、彼は眉間をしわしわにしてキッチンを出て行った。


「しかし、一般人にこの場所がバレているのか」


 イーセルが難しい顔をして言う。


「少なくとも僕が王子様である間は警備があるだろう。しかし、塀は必要かもな……。まぁ守られている分、こそこそする必要はなくなるんじゃないか」


「銃を持ったやつが複数人で襲いかかってくるかもしれないんだぞ」


「過酷だなぁ、お前たちは」


 途中で離脱したシアはぼんやりとそう言った。「安全面は考えておこう。ちょうど雑貨のルッタとも縁ができたしな」


 ふああ、と会議が終わりそうなのを感じたエルディアが眠そうにあくびする。


「……に、兄さん」


 パスとシアが目を合わせると同時に、「リス!」とイーセルが廊下の先に声を投げた。

 大広間から数歩出たところで外の騒ぎを見に行こうとしていた山吹色の女の子は、鋭い声に小さく飛び上がる。


「今はダメだ、こっちにおいで……」


 イーセルがキッチンから出ながら呼ぶと、リスケラは小走りに彼のところに向かった。とてもスムーズに抱っこされると、キッチンの面々に気づいて「や、やっぱ下ろして……」と乙女心を見せる。


「サミュエルはどうした。寝ているのか?」


「え? ……あれ?」


 言われて、少女はキッチンの中を見渡した。


「サミュエル、リビングにいなかったよ?」


     *


「──いたァ!」


「ぷわっ」


 涙も鼻水も拭かずに動かないで泣いていたので、サミュエルはおぼれかけているような悲鳴を上げた。ねばねばした膝から顔を上げると、イーセルがどたばたと駆け寄ってくる。


「探したぞ! どうしてこんなところに……な、なんで泣いてるんだ?」


 わけがわからなそうに質問を中断して新しい質問をする。サミュエルは彼から顔を背けて、自分の尻ポケットからハンカチを出して顔を拭った。


「……なんでもない」


「なんでもないわけないだろう、そんな顔で」


 イーセルは赤色の筆を取り出すと、上空に小さな花火を打ち上げる。その仕草に、ほかにも人が自分を探しに出たのだとわかって、彼女はまたじんわりと視界を滲ませた。


「早く帰ろう、騒ぎを起こしたから野次馬が山に来ているらしい」


「……」


 サミュエルは大人しく立ち上がって彼のそばまで行った。並んで歩き始めながら、イーセルは黙り込む妹に眉を下げながら「いったいどうしたんだ?」と訊ねる。


「……私はイルの言うことを聞くべきだったから」


 彼女は非常に良い子だから、心当たりも少ない。すぐに思い当たって、「まあ、済んだことだ」と彼は言い返した。


「済んでない。そのせいで、カルファに負担をかけたしビアーにも迷惑をかけた。あの子はまだ子どもなのに……」


「それなら、お前に行かせるのを諦めてカルファを呼んだ俺にも責任はある。そうだな、カルファには俺からも謝らないと……」そういうと余計落ち込んでいくサミュエルに、イーセルは首を振って「お前が一人で背負うものじゃない」と釘を刺すように付け加えた。


「私はもう大人だから」


「大人だって間違える」


「でも、」


 ぐうっと言葉をこらえて立ち止まるサミュエルに、「言ってみろ」と遠ざかっていく声が言う。


「俺しか聞いてない」


「あのとき、私も戦えばイルが死なずに済むと思った……」


 イーセルは思わず立ち止まって、泣き出す寸前のような顔をしている彼女を振り返った。


「……これは無責任で軽率な行動だ」


 サミュエルを構成する傷つきやすく臆病な性根と、軍人のような刷り込まれた思考回路のつぎはぎさがその瞬間はっきりとあらわになった。ただの女の子が、普通に生きていて手に入れるはずのない類の従順さだ。本当は全ての行動にいちいち正否なんてないはずなのに、彼女の中にはそれが存在する。ただ、兄が『正しい』と言うかどうか、それだけ。


「子どもたちさえいなければ、切ることができるんだからすぐに制圧できた。そうだろ? だから私は、一刻も早く子どもたちを連れて行くべきだった。言うことをちゃんと聞いて……」


 まるで『そうだ』と言われるのを待つように上目遣いになり、サミュエルが言葉を重ねていく。そんなふうに考えるようになってほしくなかったから、彼女をけして街へ行かせなかったのに。イーセルのように、暴力が手近な手段になってしまうような人間に、彼女だけはなってほしくなかった。


「……お前の無責任なんて、俺の前じゃずいぶんかわいいよ」


 彼が妹のほうへ向かうと、河原の石がからころと鳴った。彼女の体の横で突っ張った腕を取り、引っ張りながら歩き出す。


「お前をもっとわがままで、もののちゃんと言える子に育てられたらよかった」


 両親に愛されて守られていて、それを信頼して甘えて泣くことのできる子どもを初めて見たのだ。そのままでいてほしかった。できることならなにも知らないまま綺麗な景色だけ見させたかった。


「俺が楽をさせてやれないでお前にずっと我慢をさせたから、とびきり素直ないい子になってしまった」


 だけどそのままでいさせて、自衛もできないまま死んだほうがマシな目に遭うくらいなら。せめて自分で死ねるように教えておくべきだと思った。その選択肢を与えることが鳥かごに彼女を押し込む責任だと思っていた。


「お前は悪くない、全部俺のせいだ」


 月光の届かない森の中へ入って、さくり、さくり、と足音が変わる。サミュエルは嗚咽をこらえるのに必死な様子で返事をしなかったが、イーセルの掴んでいる手がくるりと手首を返して相手の手を掴み返した。力強く、というかほとんど力任せに握りしめてくる。


「……」


「悪かった、変なことを言ったな、いてて」


 突き放すような言い方が気に食わなかったらしい。ふふ、と思わず漏らした自分の笑い声ののんきさに驚いて、イーセルは口をつぐむ。サミュエルの手が安心したように力を緩めるのに、ぷらんと引っかけるように繫いだ手を揺らしながら、しんとした森を二人で歩いた。

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