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青色 7-3

「……あ、おいしい~!」


 喉の戻ってきたエルディアの華のある歓声が簡易的なテラス席に響く。コの字の建物の内側の壁はほとんど中庭にすぐ出られる大きな窓になっていて、その窓を開け放した窓際に、彼女やパスにシア、サミュエルが座っていた。イーセルはまだ戻っていないのと、紫色は「いらない」と一言言って白群の少女をこちらに預けて森の中に消えてしまった。白群は、仕方ないから暖炉のある大広間で寝かせている。


「沁みる……頑張ったかいがあったわ……」


「気が抜けちゃいますね……」


 メインは雉の丸焼きを切りわけたもの。ビアーが育てているらしいひよこ豆とグリーンピースのスープ。デザートにノイチゴのジャムまであるらしくって、さっき子どもたちがビスケットに乗せて頬張っていた。皿は限りがあって使うごとに石鹸(これは潔癖症なカルファの私物だ)で洗って次の人へ使われているけれど、ビアーが調理の間に木を削ってカトラリーを山ほど作っていたから使い捨てができていた。この方面に関しては、とてもまめな性格に変わるらしい。

 この大人数のためにビアーの食糧庫から精いっぱいよいものを出し尽くしてくれたらしくって、シアは彼に「食料って買ってくれんの?」と確認された。「山の中で用意できないものだけだぞ」


「……うまい」


 サミュエルは、一人固い声で漏らした。とても悔しくて、だけどむやみに拗ねられないぐらい、彼の仕事に感謝していた。未だ緊張の解けない状況でありながら子どもたちがそれに気づかないで大広間の掃除に精を出しているのは、ビアーのとっつきやすい気質とこの温かくておいしい食事のおかげだろう。本来それをするのはサミュエルなのに彼女が兄を選んだから、緑色の彼が代わりを完璧に務めたのだ。


「……ごちそうさま」


 彼女は三人より早く食事を終えてしまうと、皿をまとめてすぐ隣のキッチンに入った。洗い物をしていたビアーが彼女に気づいて、「どうだよ、うまかったろ」と胸を張って言う。


「うまかった」


「ったりまえだろうが、プロに仕込まれてんだぜー?」


「私たちを庇う必要はないはずなのにここまで尽くしてくれたこと、感謝してもしきれない」


 真剣な顔でサミュエルが言い出すのに、ビアーがにやにやした笑みを引っ込めて彼女をぽかんと見つめた。


「家族の食事を作っているのは私だから、これだけの人数の食事を一人で作る大変さも、子どもたちの相手を一人でする大変さもわかっている。この状況で、あの子たちが怯えず笑いながら過ごせているのは全てあなたのおかげだ。しかも、それは本来私がするべきだった。私はするべきだし、できたのにしなかった。我が家からあなたへの恩は私が責任をもって返す。洗い物は代わろう。ほかにも私に分けられる仕事は分けてほしい。あと……」


 彼女は一旦言葉を切って、とても不服そうな顔で床に目を逸らした。


「な、なんだよ?」


「……よければ私に料理を教えてほしい」


 サミュエルにも、プライドはあるのだった。ビアーはその言葉に拍子抜けして笑みを漏らし、思わず柄にもなく「いいんだよ」と真面目に返す。


「飯は俺が楽しくてやったんだ、恩なんて感じられても困るって。ガキどもも、あいつらいい子にしてたぜ。一番デカいのがだいたいのことはしてくれたしな」


「ありがとう、でも、あなたに礼をしないと私の気が済まない」


「侍か」


「……?」


「あと、そういうの女が男に言わねぇほうがいいぜ」


「……??」


「……。……代わってくれるなら任せるわ、皿洗い」


「よし、任せろ」


 サミュエルがぱっと表情を明るくして黒いインナーを腕まくりする。なるほど、と理解したビアーがキッチンのカウンターに尻を乗せて休憩を始めると、同時に大広間のほうから子どもたちの歓声が聞こえた。


「イルー! おかえりー」


「ああ、心配させたな~、ごめんな~」


 屋敷はコの字の背中から出っ張った玄関を上にして見て、左下から、キッチン、パントリー、大広間、と上り、玄関ホールを挟むように手洗いがあり、右へ行って大浴場、下には空き部屋がいくつか。キッチンと大浴場の地下には、ボイラー室と食料庫がある。

 大人たちが固まっているキッチンとその廊下から大広間をきらきらと飛び出していくカラフルが見えて、一人ずつ抱き上げて下ろすのを繰り返しながら一歩ずつ進むイーセルの姿が曲がり角から見え始めてくる。彼が廊下の先の仲間に気づいて、ぱあっと笑みを浮かべた。


「ああ! そこにいたのか」


 そのとき抱き上げられていたチルジーの茜色の髪に手櫛を入れて目を合わせ、下ろすと、上機嫌そうににこにこしながら、「いい匂いがするな」と窓際に座る三人に言う。荷物の中に着替えもあったのか、よく見ると汚れていた衣類が変わっていた。


「おかえりなさい」とエルディアとパスが口をそろえて言う。


「ビアーが作っていてくれたらしい」


 シアが答えると、イーセルは立ち止まりながらビアーやメイデイを怒らせるときのような少年みのある笑みを浮かべた。


「一口くれよ」


「なんで」


「まあまあ」


「お前の分は別に取ってある……」背をかがめてあーんと口を開けるイーセルにとても不満そうな顔をしながら、シアはその口に雉肉を突っ込んだ。「等価交換だぞ」


「うん。……!? ……!!」イーセルは思わず口を押えて呻いた。「う、うま……」


「は?」


 その様子をシンクのかたわらから見て、サミュエルは一口で胃袋を掴まれる浮気者にめらっと嫉妬の炎を燃え盛らせた。


     *


 とりあえず、子どもたちを早く寝かせて体力を回復させよう、というわけで、大人たちは一旦大人の話し合いを後回しにした。シャワーの代わりにありったけのお湯を焚いて体を拭かせたあと、毛布(黄色で塗れていたのは、カルファが拭ってくれていた)類をかき集めて暖炉のそばに寝床を作って寝かせる。たくさん歩いたあとに大掃除もして、体力も限界だったのだろう、ほとんどの子はすぐ糸が切れたように眠った。


「……サミュ」


 彼女の膝の上で眠ったミオルを毛布の上に寝かせたとき、手洗いに行っていたカルファが戻ってきて、その隣に座った。神妙な顔をしながら廊下を振り返って、仮の会議室となったキッチンのくぐもった声に耳を澄ませるような仕草をする。


「イルは?」


「あっちでみんなと話してる」


「……まあいいか」


 控えめな声で言いながら、カルファは眉を下げて上目遣いでサミュエルを見上げた。


「サミュ、今日、なんで俺たちと来てくれなかったの?」


 華奢な手足を折り曲げ、自分の膝を抱え込んで小さな声が言うのに、彼女は思わず若草色の瞳から目を逸らした。それからすぐ、恐る恐る口を開く。


「……私は確かに間違えた」


「そうだよ、だって、ビアーがいなかったらどうしてたの? エルディアが負けてたらどうしてたの? 俺が、俺一人で六人全員守れてたと思う?」


「思わない。私が先導するべきだった」


「今日、全員無事だったのは奇跡だよ。だって俺は二人みたいに強くないし、頼られないし、ここにいてもビアーが相手してくれてなかったらミオルとかチルジーが大人しくしてるかわからなかった。兄ちゃんがビアーを呼んでくれたんだって考えなかったら、二人は俺たちのことなんか大切じゃないんだって、みんなが思ってもおかしくなかった」


 床を見つめる目のふちに透明な涙が膨れ上がって、ぽろぽろとこぼれだす。声を殺して泣くカルファに、サミュエルは弟の体を脇に抱き寄せて若草色の髪に橙色の髪を擦り寄せた。


「お前たちが大切じゃないわけないだろう」


「じゃあなんで俺たちと来てくれなかったの……!」


「……、……あのままだと、イルが死ぬんじゃないかと思った」


「それじゃあ、俺たちが死んでもいいの……っ!?」


「違う」


 だけど、本当に違うと言えるのだろうか。あの焦りを、あの恐怖を、あの行動を、『子どもたちより兄を選んだ』と言わずになんと言うのだろう。


「……私はお前に甘えてしまった。お前に子どもたちを任せて、──……」


 サミュエルは兄のところに行けば自分の希望が全て叶ったからと言いかけて、彼女は抱き寄せた体をゆっくりとさすった。


「お前だってまだ十二歳なのにな……」


 カルファの震えが余計ひどくなって、うう、と小さな嗚咽が漏れだす。サミュエルは彼が泣き疲れて毛布に潜り込むまでそばにいて、寝息が聞こえると立ち上がった。入口を警備する警官にも会いたくなくて、屋敷の窓からこっそりと外に出て、あてどなく獣道に踏み込んだ。


 しばらく歩くと山はなだらかな下り坂になって、その下には太い川が流れているらしかった。サミュエルはその河原に近づくと、大きな岩の一つに座って自分の膝に額を押し付けた。


「……」


 私が泣いてもしかたない。


 私は子どもじゃない。


 責任を果たさなきゃいけない。


「……ぐす」

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