青色 7-1
「……」〈……どなた?〉
頭の中で理解はできても、モノクロームからリーデルになるという変化はなかなかすぐに馴染めるもんじゃなかった。パスの膝に寝ていたのから気がついたエルディアが思わず手帳に書いて見せると、青い目がふところんと隅へ転げて、今から冗談を言うとはまったく思えない無表情で「国王の息子だ」と大真面目に言う。
「ギャグにするな」
シアの隣にいるイーセルが呆れたように言いつつ、返り血にアンバランスな穏やかな笑みを浮かべた。
道の隅で白群の少女がサミュエルの膝の上に寝かされていて、そのそばにパスとエルディアが座り込んでいる。集団とは少し離れたところで、紫色の青年が木にもたれて立っていた。
山一つ一斉に調べようと散らばっていた警官たちが集まるとなかなかの人数かつ、威圧感があって、唯一状況がさっぱり掴めていないパスは怯えた感じで何度もきょろきょろとしていた。青色の長剣を杖代わりにして崩れた姿勢で立つシアが、まったく、と一言言って、びくん、と警官たちが過剰に反応する。
「お役所仕事だな、青色が現れた際の流れぐらいあらかじめ決めておくべきだろうが」
登山直後なのにまともな休憩も取れなくて、彼はいらいらしているのだった。お手本のような文句に、この捜索の指揮を執っていたハイン・エーデルセン警部補が貧血で血の気のない顔をさらに白くして苦々しげな表情を浮かべる。エルディアが食い止め、先ほどまで戦っていた集団にいた、見事なブロンドの若い男だ。ほかより役職が上とはいえ一緒くたに戦っていたので負傷しており、部下の肩を借りて立っている。
「そもそも、こんな状況は想定されていない!」
短気らしく真面目に言い返したあと、「馬が帰ってくるまで待っていろ!」と自由な方の腕を振り回しながら怒鳴ってまだちらほら到着する部下への指示へ戻る。不意に、サミュエルが動き出した。まだ目覚めない白群色のルシカをエルディアに預け、立ち上がってイーセルの方へ行く。
「イル……あの人は、三叉路の隠れ場所がある方向から来たよな? 子どもたちがどうしてるか、知らないかな」
耳打ちしてくる妹がこんなときに人見知りしているのに、彼は表情を緩めて、シア本人に聞くように促した。彼がシアを呼んでくれるのに、サミュエルは警官に聞こえないようこっそりと同じ質問を繰り返す。
「そうだったのか」シアは驚いて自分の顎に触れながら返事をした。兄弟はほとんど獣道を登山してここまで来ていて、実は三叉路に出る直前まで茂みの中だったのだ。「悪いが、そのことは知らなかった。警官に気づかれないよう道は使わずに来たから……」
サミュエルはみるみる意気消沈して、「緑色は、私たちぐらい子どもに慣れた人なのか? 私たちがいなくて大丈夫かな」と縋るようにイーセルを見上げる。そんな表情で言われるのに、よい返事をしてやれないのが心苦しかった。ビアーはいいやつだけれど、子どもたちとは初対面だし、そうでなくても七人の子どもを一人でまとめるのは簡単なことではない。思いつめた子が今にもパニックになって、慣れた保護者を探そうと山の中に駆け出してしまっていてもまったく不思議じゃなかった。
「……大丈夫だ」
イーセルは彼女の頭を撫でようとして、自分の汚れた手に気がついた。汚れていない手の甲を橙色の前髪にこつんとぶつけ、「俺たちの兄弟はちゃんと待ってるさ。それを俺たちが信じないでどうする」となだめる。
「……何を話してる?」
そのやり取りをハインが聞き取ったのはほとんど偶然だった。シアが「留置場のディナーにはワインかシャンパンかって議論さ」と生真面目な彼の怒りを煽ろうとするも、勤勉な刑事は頭の中の書類からそれを見つけ出していた。
「始めの通報には子どもの情報があったな?」
直後、リーデルたちの爛々とした視線が自分に突き刺さるのにぞっとしながら、それをこらえて誇らしげな笑みを浮かべる。
「子どもは別の場所にいるんだな? 今すぐ場所を言え!」
シアがイーセルの腕を引っ張って、なにか耳打ちする。それを聞いた彼はかすかに表情を緩めて小さく口を動かした。
「わかった」
シアはハインににっこりと笑いかけ、「赤色を先頭に、行きたいやつ全員で向かおう」と決めてしまう。イーセルがぎょっとしたように目を見開いた。
「シア!」
「ああ、そうだな、言い忘れてた。この場にいるリーデル全員と、これから向かう先にいるリーデル全員、残らず僕の保護下だ」
「なっ?」
ハインが硬い声を上げる。リーデルがリーデルを所有するなんて、本来はあり得ないことだ。だけどシアは、青色のリーデルには、それが可能になるかもしれない。
「それがダメだったら、僕が死んだりリーデルになったりすればパスにリーデルを含む財産を全て継がせると遺言を家に置いてきた。未成年だが代理人もいる、詳細な決定には全てパスの意志が尊重される」
この国では、リーデルになれば国民は死んだとみなされる。法律でそう決まっている。しかし、国民がリーデルを所有したとき、公にそう報告しなければならないという法律はない。
「ほら、お前たち」シアは仲間を振り返って、不意に優しい声で言った。「お前たちは僕のもの。返事は?」
「ああ、俺はお前のもの」
もうなんだか投げやりな感じで、イーセルが芝居がかった返事を返す。それを見て、サミュエル、エルディア、それから紫色まで白群の少女の手を掴んで挙手させた。
「……」
リーデルの首輪は、犬の首輪やカウベルと同じ、盗難や破損される可能性があるときに、所有者がいるという表示となるからされている慣習であって、必ずさせなければいけないものではない。この宣言でも、充分法的な効力があった。それを知っているハインは、ただ苦い顔をしながら話の成り行きを眺めていることしかできない。
──いや、ひとつだけ、シアの血筋だけでは庇いきれないことがある。
「待った。そのリーデルたちは民間人を暴行し、公務を執行する警察官に対し抵抗した。紫色と白群は……どこから脱走してきたんだ? とにかく、そこの指名手配犯も全員現行犯逮捕させてもらう」
シアは一瞬考えて自分の顎に触れた。リーデルというのは、珍獣に例えるといい。一般的な売買ルートは奴隷商という猟師に狩られて、売り物となる。捕獲される際に問題を起こしたリーデルは裁判を経て、秘密裏に(他国への面目があるから、公的な奴隷商というのがないのだ)適当な奴隷商に渡されて主人に従事することがそのまま労役として扱われる。しかしそれはかなり軽い刑罰であって、暴れ具合によってはその場で射殺や、簡単に死刑とされる可能性があった。森に響く銃声は遅れてやってきたシアも聞いている。つまり、イーセルたちは〝その場で射殺〟レベルだったということだ。自分を守る権利のない仲間を警察に預けるのはろくなことにならないだろう。
「……彼らには責任能力がない」
シアは奇跡的なことに、モノクロームでリーデルで、現国王暗殺を企んだことのある王の落とし子だ。
リーデルは精神的に追い詰められて未成熟な人間がほとんどだ。
嘘も真実も全て使って、彼は不意に脱力した笑みを浮かべた。
「こいつらの逃亡もアビリトの海賊行為も、全ては僕の指示で彼らにさせたことだ。僕はまだ国王の座を諦められないで、リーデルという従順な奴隷たちで国家転覆を考えているから。彼らは抑圧された環境で僕の命令を聞くことしかできなかっただけだ」
「待て、シア、何を言ってる!」
「ああ、失礼、主人が奴隷を庇うのが信じられないらしい。だけど僕もどうやらリーデルに情が湧いたらしいんだ。僕の身より、お前たちがどうなるかのほうが百倍大切なんだよ」
『俺たちはちょっとした恩を返しに来た』──アビリトの蜥蜴色の言葉を聞いていた隊の顔色が変わって、ハインに耳打ちし始める。その様子に集中しているシアの肩をひっつかんで振り向かせ、イーセルがバランスを崩した彼の胸ぐらに掴みかかる。
「お前……!」
「なんだよ、かわいいなぁ、イーセル」
返り血のせいで余計恐ろしい、パスやサミュエルの目がなければ容赦なくシアを殴っていただろう燃えるような目に、シアはへらへらと笑って返した。彼からすれば、これほど悔しいこともないだろう。情報も対策も作戦も全て二人で綿密にやり取りして作り上げたものだ。責任だって罰だって、二人で背負うはずだった。
だけどお前に背負わせたら、お前はまた失うことになってしまう。
「ご主人様がキスしてやろうか?」
ぱっと手を離されて、彼はどさりと尻もちをつく。立ち尽くして目元を手で覆うイーセルに、彼がかすかに表情を歪めた、そのときだった。
「エーデルセン警部補!」
馬の足音とともに、一人の警官が集団の中に駆け込んでくる。街に下りて本部や王宮と通信していた者が帰ってきたのだ。
「ロエノス殿下直々のご命令です……『明日私が行くまで、兄には私に接するように接せ』と」
「──僕の仲間にけして触れるなよ、それから、空き家で一晩過ごすことを許せ。あとでその家は僕が買い上げる。あとは──あとは監視を置くなりなんなり好きにしろ!」
シアはばたっと地面の上に手足を投げ出して倒れ込むと、まるで長いこと走ってきたような勢いで深呼吸をした。自分に差し伸べられた手にイーセルを見上げ、いろいろ詰め込まれたその表情ににいっといたずらっ子のような笑みを浮かべたあと、手を取って立ち上がる。




