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運命共同体 6-5

「元気になったら、お前の言う教会へ行きましょう」


 ノアが溶け切った氷嚢を替えながら言うのを、イーセルは朦朧としながら聞いた。家に来た日の夜から、気が抜けたのか高熱といろいろな症状でぶっ倒れたのだ。熱が出るとまだ治りかけの傷痕がぐつぐつと焼かれるようで、数日はほぼ寝たきりのような状態でいた。


「それから、お前の友人とそのお母さまにも会いたいわね」


 ぽん、ぽん、とゆっくりイーセルの胸を叩きながら、彼女が弦楽器を弾いたような心地よい声で言う。頭の上に置き直された氷水の冷たさは心地よくも、額の皮膚の薄いところに突き刺さるようで、いつも心もとない感じがした。それがノアの気配を感じるとほっと落ち着いて、一番安心してぐったりできたのだった。


「……お腹が空きました」


 イーセルが疲れて上擦った声で言うと、ノアはこくりと頷いてベッドの隣に置いているスツールから立ち上がった。少し待ちなさい、と言って部屋を出て行き、すりおろしたリンゴを器に入れてイーセルに渡した。氷嚢をどけて体を起こしてやる。


「もう少し食べられそうなら、今から粥を煮るわ」


 そう言ってまたすぐ部屋を出ようとするので、イーセルは思わずさじを運ぶのを中断して、彼女に呼びかけた。


「母さん……」


 驚いたようにノアが振り返って、しばらくイーセルと見つめ合った。それからベッドのそばまで戻ってきて、「どうしたの」と困ったような声音で言った。


「……そばにいてほしいです」


 と言われると、足元の椅子を探すようにきょろきょろし、椅子に座る。まったく慣れていなさそうな、そんな慌てた動きだったので、イーセルは思わず申し訳なくなってしまった。大人しく食べてしまおうと思ってぱくりとさじを咥える。


「母はここにいるわ」


 突き出すようにした胸に手を置いて、ノアが力強く言った。


「お前のそばにいるわ」


 なんだかむず痒くって、イーセルはへなへなと笑みを浮かべた。


     *


 目を覚ますと目の前に見たこともない豪華な天蓋が広がって、シアは一気に覚醒した。慌てて体を起こそうとするが、血が鉛になったように頭の下に下がる感じがして、ぼすんとまたシーツに身を預ける。


「あ……陛下」寝ていたベッドのそばにいた、メイドらしき女性がシアに気づいてどこかを振り向いた。「目覚めました」


 目線を追ってシアが部屋の奥に目をやると、窓際の机についた女性が振り返った。母親より年上で、豪華なドレスに身を包んでいる。開いていた手帳を閉じると、席を立ってこちらへ近づいて、「はじめまして」とベッドの隅に座りながらシアに笑いかけた。


「私はトメアリー。あなたのお父さんの、妻。王妃です」


 正妻、いたのかよ。シアが侍女に体を起こされながらイラっとして眉を寄せると、「あ、でもね」と少女のような笑顔で続ける。眉の上で短く切られたハイカラな前髪がさらさらと揺れた。彼女はパスみたいに髪も目も混じりけのない白だ。


「結婚したのは最近よ、あなたのお母さんのことは知らなかったし……知らなかったけれど、だいたいのことは吐かせました」眩しい笑顔できゅっと拳を握る。「オルカ・ディークさん。北離宮のメイドで、十三から十九まで住み込みで働いてた。やめる直前にこっちの本宮へ移る話が出ていたけど、あの人との関係が前妃陛下にバレてやめさせられることになった……。どう? 合っているかしら」


「……知らない」


「うふふ、それもそうよね」


 王妃に向かって粗雑な口を利くシアに、侍女がかすかに反応する。トメアリーが視線をやって言葉なく制止した。


「本来あなたはテロのためにここへ侵入した重罪人。しかも、あの人に傷をつけてる。もう殺されててもおかしくないけど、今はただでさえ王位継承者が少ない。あの人のあとは、その弟と私の子だけ」


 彼女が隣の部屋を指差す。目の前の子どもを見ているようで遠い場所を見るその目に、シアはぞっと体温が下がるのがわかった。


「あなたは正式な王子じゃないから継承権はないわ。だけど殺すには重要すぎる」


「……僕はそんなのに関係ない」


「わかってるわ、でも」


「でも生きてろだって! 母さんは見殺しにしたくせに! 僕を取っておきたかったんなら、もっと早くに筆をブチ折りに来て母さんに金を融通していればよかったじゃないか!」


「……あなたの存在を、私たちは」


 ゆったりとしたドレスに掴みかかると、トメアリーが自分を庇いながらシアから目を逸らす。次の瞬間、シアは彼女の視線と反対の方から突き飛ばされてベッドから転げ落ちた。


「撃たないで!」


 立ち上がって近衛兵に言うトメアリーの隣で、ヘッドドレスを乱したメイドがベッドに手をついて体を起こすのが見えた。彼女がシアを突き飛ばしたのだ。


「この子はもうなにもできないわ。銃を下ろして。この子はモノクロームよ」


 凛とした声に庇われながら、男の子は自分の手のひらを顔の前にかざした。真っ白い新品のシャツに包まれた、もうなにも掴めない、もうなにも残っていない無力な子どもの手が憎い。

 モノクロームと呼ばれるのは存外悔しかった。モノクロームにモノクロームと呼ばれるのが悔しかった。リーデルに生まれたことを恨んだときもあったけれど、それでも青色は子どもの、不可侵の誇りだったはずだった。


 畜生! 青色は失われた。母親の命も戻らない。彼女のしたことも、この冷酷な貴族たちに比べたらどれだけかわいいことだろう。もうなにもない。大切なものなんて始めからシアのものではなかったのだ。


 畜生。


「……うう、う」


 畜生!



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