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黄色 5-1

「モノクロームに居場所が知られた」


「だろうな」


 いつも日向ぼっこしている屋根の上にふくろうのように屈みこんで、ビアーは冷静に言った。普段ならどこにいるかもわからないのにパスたちと話す山小屋で待っていたのは、彼の縄張りからも赤と橙のバツ印は見えたから、すでに緊急事態を悟っていたのだろう。


「この際、俺は賭けるつもりだ、ビアー」


 イーセルはくみ上げた井戸水を飲みながらはっきりと言った。


「俺の持つカードを全て出して、ここで戦争を始める。ほかのやつらとは話はつけてきたから、お前が頷いたら全員ここに連れてくる。時間稼ぎさえできれば今夜中に一時休戦まで持っていける」


「おい、ガキどもも連れまわすのか?」


「お前の縄張りの近くに、大きな廃屋があっただろう。注目をここに集めている隙に子どもたちとサミュエル──俺の妹はそこに隠れさせる」


「戦争がカモフラージュか」


 ビアーが目をくるりと回して笑った。休戦までが目的ということは、戦争といっても殺し合いをするつもりはないのだろう。制圧に来る警察はどうか知らないが。


「まあ、どうせお前が騒ぎを起こしたら俺にもとばっちりが来るんだから、一蓮托生だ。俺もお前に賭けるぜ」


「ありがとう」


 感謝の気持ちのひとつもなさそうな爛々とした瞳がビアーを見上げる。はなからビアーが頷くことを確信していたようなそぶりが、気に食わないでもなかった。


「こっちで好きにしてろ。俺はモノクロの恨みを買うなんてごめんだからな、逃げ回らせてもらうぜ」


「構わないが、念のため俺が合図したら来い」


「あ?」井戸水を捨てながら言い放つイーセルに、ビアーは大きな音で舌打ちした。「だーれがお前の下につくって言ったよ、おい! ……おいコラ! 無視するんじゃねぇ!」


     *


 パスは学校の課題を終わらせて、ちょうどおやつにでもしようかと考えていた。部屋を出て階段を降りていると、シアが部屋からちょっと乱暴に出てきてパスを追い越す。上着を持っていて、玄関でスリッパを履き替える。


「少し出てくる。遅くはならん」


「うん」


 パスはなにげなく返事をし、それから、エルディアにも声をかけてお茶にしようかと思いついてリビングを覗いた。ほかの場所にいるならシアが出て行くのに顔を出すはずだから、どうやら、彼女は二階らしいと兄が出て行くのを見送りながら階段に戻る。


「エルディアさーん、おやつにしませんかー?」


 行儀よくするなら扉の前まで行ってノックをするところだけれど、パスも彼女がずいぶん生活になじんできて、階段の下から上に声を投げるだけなんて家族らしい付き合いに変化していた。それをふと自覚してくすぐったいような気持ちになりながら、返事のない彼女に、お昼寝しているなんて珍しいと遠慮しておくことにする。パスがリビングに戻りかけると、その背後で玄関扉が乱暴に開けられた。


「エルディア! どこにいる!」


 とんぼ返りしてきたシアが靴も履き替えずに上がり込んできて、パスに「エルディアはどこだ!」と怒鳴った。


「に、二階じゃないの?」


 パスは訳も分からないまま答えて、階段を駆け上る兄を追いかけた。シアがばたんと彼女の部屋の扉を開け、呆然としたように立ち尽くす。


「兄さん?」


 パスが隣に追いつくと、シアは彼の肩を引き寄せて部屋の中を見せた。綺麗にメイキングされたベッド、古びた低い机の雑貨、小さなクローゼットの置かれた部屋はなにも変わりない。だけれど開け放たれた窓の外に、小さな細くて頼りない、黄色の線が引かれていた。


「……どういうこと?」


 パスは窓から身を乗り出して小さく呟いた。あれは、山と山の間にかかる巨大な橋だった。


「ええと、あとはどんな歌があるかしら!? うーんと! ええと!」


 エルディアは自らが作った黄色の橋の上を歩きながら、混乱した頭で叫んだ。この橋の維持には、彼女が筆を使い続けていること──つまり、ほぼ途切れなく発声し続けていることが必要だ。エルディアが一瞬思考に気を取られて口を閉じた瞬間ぬかるむ足元に、「イヤーッ!!」と素晴らしい声量の悲鳴を上げて持ちこたえる。


「き!! きーぃよーしー」


「こーのよーるー」


 彼女のレパートリーは童謡や季節外れのクリスマスキャロルに偏っていて、子どもたちが知っている歌も多かった。ついでに誰にも手の届かない上空であるとか、絵の具の上を歩くとか夢心地な体験も相まって、顔に傷のある面白いお姉さんにすぐ打ち解けてきゃらきゃらと笑いながら上機嫌に声を合わせて歌っている。夕暮れの白い光が黄色の橋のくぼんだところを滑って、彼女らのかわいらしい行列を黄色い照り返しがぼんやりと染めていた。


「……ひー……かーりー」


 疲れて眠ってしまったミオルを抱っこしながら、サミュエルが子守歌代わりに小さく口ずさむ。風が強く、彼女のうねった短い髪が持ち上がるように揺れた。夕日が低くなるごとに橋の影は長くなって、遠くの町まで伸びた。そのまま、どこまでも伸びればいいとイーセルは思わず考える。もう少しすれば二人か三人対多数で持久戦なのに、自分が今なんだかすごくわくわくしているのに、彼は街を見下ろしながら苦笑した。


「時短時短! 滑り台をしましょう、みんな!」


 黄色い橋を少しずつ下り始めていたとき、エルディアがぱんぱんと手を打って言った。


「そうだ、イーセル! この際だから行けるとこまで伸ばすわ。どこにつけば一番便利よ!!」


「……あそこの谷になっている場所が見えるか?」


 なぜか怒られながら、イーセルはエルディアの肩越しに夕日の照らす斜面を指差した。ん~、と声を途切れさせないよう小さく唸り続ける彼女に詳しく指示する。


「あのあたりに廃屋に続く太い道がある。だがそこにそのままつけないでくれ、あの谷の少し手前に」


「オーケー……みんな! 少し揺れるかもしれないから、みんなで手を繫いでてね……」


 ぐぐっと橋が有機的に動き出して、子どもたちはわあっと悲鳴を上げた。エルディアはぶつぶつと小声で話し続けながらゆらりと手を動かして簡単に何キロにも及ぶ巨大なインクの塊を作り変えてしまった。町の屋根へねばねばと手足のように支柱を伸ばして橋が方向を変え、見たこともない生き物のように首を伸ばす。

 予定通りの位置にたぷんと橋の先端がぶつかって、終点に広い空間を作る。それと同時に、ゆっくりと橋の上の揺れも止まった。


「す、すげぇ……」


 セグが目をきらきらさせながら漏らす。


「私から行くわよ! 一緒に行きたい人ー!」


 はいはいと熱烈な志願をしたセグとフェナを連れて、エルディアはサミュエルから借りた毛布の上に三人で座った。毛布を掴む脇の下に二人を抱え込み、よじよじと斜面のはじまで行くと、「行くわよー⁉」と多少尻込みした感じの声で言って滑り出す。


「ぎゃああああああああああああああ」


「あああああああああああ」


「ふおあーーーーーーーーー!!!!」


 三者三様の悲鳴が響き渡るのに、カルファがクールを保てなくなって吹き出す。お、と家族全員が振り向いた。


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