橙色 4-5
あの空き家は、それまで家を持たずに暮らしていたイーセルがサミュエルのことを考えて住み着いたものだった。蝶よ花よと育てられた、ふりふりのドレスしか着たことのない四歳の箱入り娘もずいぶんたくましくなったものだ。
まだ分別のつかない子どもだったサミュエルは子どもたちの誰よりも手を焼かせたと思う。両親と離れたのもつらかったし、自分の変化や、赤色も見慣れなくて恐ろしかった。イーセルに慣れたと思えば彼が出かけている間一人になるのが怖くてべったりになったし、うまくできない家事に何度も癇癪を起こしていた。よく覚えている、あのときは両親が寂しくならないように渡してくれた手紙と兄だけが頼りで、がむしゃらに日々を生きていた。
なにかが変わったのは、イーセルがまだ歩けるようになったばかりのカルファを家へ連れて帰ったときだった。この小さな弟を自分が守らなければと使命感が湧いて、突然自分がなにをすればいいのか整頓できるようになったのだ。手いっぱいだった家事に余裕が持てるようになると、サミュエルは狩りやイーセルのずば抜けた身体能力を吸収し始め、めきめきと成長していった。その翌年に先天性の赤ん坊だったリスケラを家族に迎え、やがてサミュエルが十二歳になったある日、イーセルに人の殺し方を教わった。
サミュエルの左の腰に下がった、革のナイフケースが揺れる。これもその日渡されたものだった。彼女の筆では、戦闘不能にするまでに時間がかかるから。
その日から、彼女は子どもではなくなった。
「……これぐらい離れれば、大丈夫だろうか……」
サミュエルは子どもたちを置いてきたところから、かなり町に近づいた場所で適当に足を止めた。彼女は木の上を行ったから時間が短縮できたが、整備されていない山道を行くなら三倍は時間がかかるだろう。立ち止まった木の一番上に登って、周りを見渡す。ぽつんと遠くに緑色の山があり、中央区リノクォルと、イーセルがよく行く教会があるという繁華街の境がなんとなく見て取れた。建物の感じが全く違う。
うん、ここならレイググルからだってよく見えるだろう。サミュエルは下に広がる木々を見下ろしながら橙色の鞭を握った。大きく鞭を振りかぶり、目下の木の葉に向かって打つ。
──ぱんッ!
鞭が空気を殴った瞬間、まるで大きな剣が空に現れたように橙色が迸った。それは緩慢に振り下ろされ、木々に長い線を引く。
最後の一滴が森を飛び出して家屋をちょっと染めたのに、サミュエルは思わず「あっ」と声を漏らして、いそいそとその場を去った。さらに港寄りの、町と自分のインクを広く見渡せるところで息をひそめる。
イーセルからの返答は早かった。麓から赤色が一閃、空に現れたかと思うと、橙色と交差して線を引く。サミュエルは迷うことなくその交差点に向かった。
「サミュエル! どこだ!」
「ここにいるーッ!!」
イーセルの焦った声に精いっぱい声を張り上げて答える。すぐに彼の姿は見えて、サミュエルはついて来いと仕草で示して子どもたちのところへ戻りながら話すことにした。
「なにがあった!? 子どもたちは!」
「無事だ! だがモノクロームに家がバレて、避難場所に隠れさせた」
「誰だ」
「わからなかった、でも警官じゃない。一人はすぐに気絶させたけど、もう一人は逃がした。多分もう家に警察は来てる」
だいたいの状況を聞くと、イーセルは考え込むように一瞬黙った。それからすぐ、サミュエルの少し後ろをついていたのを隣に追いつく。
「よくやった、サミュ。あとは俺がどうにかする」
「うん」
彼女は思わず微笑んでいた。ああ、もう安心だという心地がした。




