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橙色 4-2

「ペーデ・デレインよ」


 まだ制御の効かない筆の代わりに、この家で一番大きなぬいぐるみを抱きしめて新入りの女の子が挨拶をする。よろしくぅ、と色とりどりの髪色をした子どもたちは間延びした穏やかな声で彼女を迎えた。衝撃的な初登場から数時間後の、夕食の席だ。大きな机の外周をゆっくりと回って、イーセルが九つのグラスに水を注いで回る。橙色のサミュエルはまだキッチンにいた。


「……ふん」ペーデは居心地悪そうにくまのぬいぐるみに目を落とした。「ねぇ、これなんのしみ? 最悪!」


「多分ミオルのよだれだな」伽羅色の男の子のセグが言う。名前を呼ばれた一番幼い弟は、スープカップを持ってきょとんと瓶覗色の瞳を丸くした。「あ……明日、洗濯しようよ。教えてやるからさ」


「なんでペーデが召使いみたいなこと。あなた一人でやって」


「な!」


 セグが思わず前のめりになって怒鳴ると、頭の上のとさかのような癖っ毛が揺れた。ぽふ、とその頭にイーセルが手を乗せてなだめる。


「……いいよ、どうせ、そのうちほかのと一緒に洗わなきゃいけないんだから! でもお前のために洗ってやったりなんか、絶対しないもんね!」


「洗ってやりなよ、セグ」


 二人の正面の席から言うのは茜色の髪をカチューシャでまとめたチルジーだ。少し意地悪な顔つきをして、セグとペーデを交互に見る。


「いけないんだ、新入りには優しくしないとダメなんだよ? わがままくらい聞いてやりなよ」


「リーデルに命令するのが、わがままですって!」ペーデがむっとして高飛車に言う。


「差別だ!」セグが噛みつくように言ったあとに、チルジーはバカにした笑みで続けた。「自分自身を差別してる! 私より大きいのに頭悪いのー?」


「リーデルだろうがなんだろうが人に命令しちゃいけないんだぞっ……」すでに心が折れ気味なセグが勢いに乗るように付け加える。


 世話焼きで負けず嫌いゆえになんとも損なことになりがちなセグと、男勝りで口達者なチルジーはケンカをするのが日常茶飯事で、他の子どもたちと言えば、嘘のように和やかに夕食を食べていた。そこにペーデが加わることに疑問もなければ、止めもしない。止めるのは屁理屈選手権優勝者のチルジーがとばっちりをくらわすのをためらう大人たちの仕事だ。


「差別! こんなところにいるからなにも知らないのよ。リーデルなんか差別なんて話にもならないのに! アンタたちなんか、見つかったら百人に殴られるのが当然なのに!」


「ペーデ」イーセルはぬいぐるみも持ったままの彼女を椅子から抱き上げてお仕置きにした。「言いすぎだ。悪かった、お前もまだ混乱してるのに無理させたな」


 驚いて硬直した体を椅子に降ろし、紫紺色の髪に手を置く。それから言い返せずにじわじわと泣きだしているチルジーとセグを見て、迷うように唸り声を漏らした。


「セグ、チルジー、少し休もうか」


 イーセルが手招きをすると、二人の子どもたちは小さく床板をきしきし言わせながら彼の足元へ行った。二人が背中を押されながらダイニングから出て行くのに、右隣と正面の席の空いてしまったペーデは自分ではないのかと緊張し始めた心臓を押さえた。もっとも注目されるべきなのは、自分ではないのか! 無理させられたのは、赤色が言った通りペーデなのに! それに、ああ、きっとほかの子も優しく話しかけてくれたりなんてしないだろうに、きっと嫌われているだろうに、ここで耐えなければいけないのか。


 耳鳴りがする。胃の中がぐるぐるとして、ペーデが思わず俯いたとき、ぎし、と隣の椅子が引かれた。


「……どうした、気分が悪いのか?」


 シャツを着替えたサミュエルが心配そうに言う。ペーデの隣に座ると、椅子を寄せて彼女の背中に手を置いた。


「ええと、大丈夫だ、セグとチルジーはからっとしてるから、明日は別のことでケンカしてるよ。それにお前の気持ちも私たちはよくわかる。だってここにいるほとんどの子は後天性で、町の学校でリーデルのことを学んでたんだ。リーデルだけどリーデルが嫌いなのはしかたないよ。だけど私は、ペーデの紫紺色の髪の毛きれいだと思うけどなぁ」


 どことなく一生懸命な感じでペーデを慰めて、サミュエルは冷たそうな切れ長の目を穏やかに微笑ませた。「そうだ、最近イーセルがクッキーをもらって帰ってきたんだ。食べないか?」と手を合わせて言う。


「持ってこような」


 彼女が立ち上がるのに再度、心臓が締め付けられるような頼りなさを感じて、ペーデは彼女を追って急いで立ち上がった。追いかけてシャツの裾を掴むと、サミュエルはペーデが追ってきたことに気づいて慌てて歩幅を合わせた。


 ダイニングと扉で繋がっているキッチンには作業者が座れるように小さな背の高いスツールがあって、ペーデはそこに座りながら地下の食糧庫に行ったサミュエルを待っていた。しばらくすると彼女がイラストの描かれた缶を持ってきて、皿にクッキーを二枚出す。


「家族だからの一枚。ここに来てくれてありがとうの一枚」


 冗談っぽく言って、そのあとミルクも炊いてくれる。甘い香りに包まれながらクッキーをかじると、じゅわっとバターが口の中に広がる。自分のことを情けないとは思いたくなかったので、ペーデは思わず二人が自分をバカにしたから今悲しいのだと考えた。ただでさえ自分がいやしいリーデルなんかになって悲しいのに。それから、どうしてママとパパに捨てられなくちゃならなかったの。ペーデは、リーデルはリーデルでも、いい子で愛されているから特別のはずだったのに。


 なのにあんな子どもたちにいじめられて、かわいそうなペーデ。


 彼女が涙ぐみながらクマのぬいぐるみを抱きしめると、不意に近くで扉の開く音がする。キッチンはすりガラスの扉で廊下と区切られていて、その足音の主はわからない。


「そうだ、ペーデ」サミュエルがマグカップを差し出しながら思い出したように言う。「まだお前のベッドの用意がないんだが、ほかの子どもたちと寝るのは気まずかったら、私の部屋を貸そう。私は子ども部屋で寝られるから」


 ペーデが黙り込んでホットミルクに口をつけると、サミュエルは「いつでも言ってくれ」と首を傾げながら言った。ワークスペースに腰をもたれさせて、多少男っぽい感じで立つ。


「おいしいか?」


「……ん」


「よかった」


 少しして、ダイニングががやがやとし始める。子どもの軽い足音がいくつも廊下を走っていくのがわかった。夕食が終わったのだろう、と思うと、がちゃ、とダイニングからの扉が開いて、ペーデはびくりとした。


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