雑貨のルッタ 3-1
「雑貨屋?」
「ああ。といってもインテリアだけじゃなく、大型家具や刃物に、家まで作るなんでも屋だ。経営者はモノクロームだが、同等のリーダー格にリーデルが二人いる」
いつものようにビアーの森に集まって、四人でお茶会をしていた。いつもならエルディアの訓練が中心だけれど、今日はイーセルがパスたちに頼みがあるようだった。
「元々は三家で経営していたのが、代替わりが決まったあとにリーデルになったらしい。便宜上は代表の女性が所有する奴隷だが、そのグループ内では上位の役職だし、部下も弟子もいるらしいよ。近所では公然の秘密のようだ」
「部下も弟子もいるリーデルさん! 超かっこいいですね」
パスが目をきらきらさせながら言った。
「代表の、というのと、リノクォルの中でもはずれの集落にあるから仲間内の絆が強いんだろう。そう遠くないところだから何度も会いたいと頼みに行っているんだが、信用できないと門前払いでな。パス、エルディア、どうか俺を信用できるやつに見せてくれ」
「もちろん構いませんよ」
パスは快く頷いて返したし、エルディアもそれに続いた。ありがとう、と心底ありがたそうな声でしみじみと言い、イーセルが珍しく嫌そうな表情をして顔をしわくちゃにした。
「実はもう何年も前に噂を知ってから、何度行ったかわからないくらい通っても会わせてもらったことがないんだ。でも向こうが『会わせられない』なんて思わせぶりだから、俺としても諦めたくはなくて……。当日は、店の裏の工房で合流しよう、俺はあまり広いところには出られないから。それから向こうでは君が顔を隠した方がいい。その髪は一般人の中でも目立つ」
自分の赤髪を指差し、イーセルが言う。モノクロームの中でもパスのような混じりけのない白という髪色は珍しかった。
「未成年に危険が及ぶようなことは絶対にしないと約束する」
エルディアが彼をじっと見ているから、「神に誓って!」とイーセルが付け加えた。
*
山沿いの次は、活気のある集落でパスとエルディアは馬車を降りた。町と少し外れたところにあるから建物と建物の間隔の広い道を歩いていたら、偶然同じ方向に向かう馬車が乗せてくれたのだった。パスは目の前の大きな二階建ての建物にごくりと唾を飲んで、その雑貨店の後ろに隠れた塀に囲まれた工房に近づく。黄色の髪と目を目深に被ったつば広帽に隠すエルディアがパスの肩を叩いて、彼が慌ててキャップの中に髪を仕舞いこむ。泥棒よろしく積みあがった木箱の隙間を縫って歩いてドキドキしていると、イーセルがどこからか隣に飛び降りてきて、「君たちもなかなかやるな?」とパスを肘でつついてからかった。やっぱり帰りたい気がした。
無骨で機能的な建物の大きくシャッターが開けられたところから、従業員らしい男性が忙しそうに走り出てくる。と、にこやかに手を振るイーセルを見つけてぎょっとした顔をし、慌てて中に戻っていった。
「──はぁっ!?」
まだ距離のある二人にも届く爆発音みたいな怒声が開けた空に響いた。パスが驚いて飛び上がると、「いやー、怒ってるなぁ」とイーセルがのんきに言う。
「あいつまた性懲りもなく来たんか!! うざ!!!!!」
大声はなんの容赦もなくそう言って、一度止んだ。工房の外につなぎ姿の背の高い女性が出てきたかと思えば、花火のような声がまた怒鳴る。
「帰れ!!!!!」
「待ってくれ、メイデイ! 今日はちゃんと、」
「お前に名前で呼ばれる筋合いはない!! 回れ右をして門を出ろ!!」
「今日は! ちゃんと! 証人を連れてきた!! 一回話をっ、聞け!!」
大声を出すついでに体に力が入るんだろう。イーセルにばんばんと背中を叩かれるパスはへろへろとたたらを踏んだ。猛獣のような顔をしていたメイデイという女性がやっとほかの二人に気づき、ずんずんとこちらへ歩き始める。大股でパスの目の前まで来ると、片膝をついて優しくパスの顔を覗き込んだ。
「大丈夫か? 君、お金に困ってるの? ここで雇おう、こんな信用のできないやつの言うこと聞くことよりマシだよ」
おい、とイーセルが笑い交じりながら珍しく怒気のこもった声で言う。パスは慌てて、いえ、と胸の前で両手をぶんぶんと振った。
「あの、僕は学生なので……。それに、イーセルさんはちゃんとした信頼できる人ですよ!僕は騙されていませんし、リーデルのために活動されてるのも本当です」
「それをテロリスト予備軍って言うんだぜ、ぼっちゃん」取り付く島もなく切り捨てられて、「そんなやつと関わってる暇、私はないんだ」ととどめを刺される。
「それはそうかもしれないですけど」パスは絞り出すように言った。「じゃあ、僕たちを信じてください! 僕はイーセルさんから『リーデルと対等に接されてる方』のうわさを聞いてやってきましたっ。僕はエルディアさんに、倒れたところに人を呼んでもらったことがあって、そんな優しい人が奴隷になんてなってほしくなくて、家に迎えてもらって友人として対等に暮らしています。同じリーデルを差別しない人がいるって聞いて、僕は嬉しくて来たんです!」
パスとエルディアの顔を交互に見つめて、メイデイが初めて迷ったような顔をしてゆっくりと立ち上がった。二人の背中に手を触れる。
「二人だけ、中で話そう。お前がいなくなったら脅されてるのも素直に話してくれるかもしれないからな」
メイデイがまだ剣呑な目で見下ろして言うが、イーセルは嬉しそうにふたつ返事で了承した。「じゃあ、俺は隠れてるよ」と塀の隅の方へ向かう。
「君たち、名前は? それと学校は」
メイデイが工房に向かいながら二人を振り返って聞く。パスが返答すると、えーっ! と少し表情を緩めながら大声を上げた。
「私の母校だったりするじゃあないか。君、なにか……役人や大きな会社の子なの?」
「あ、兄が裁判官で……親はいなくて、学費とかは兄さんが」
「そうなの? 君の兄貴やばいね! どんな人なんだ?」
「ん……おっかなくて、頼りになる人……? 母さんが僕を産んだときに死んで、ほとんど一人で育ててくれて。兄とは父親が別々の人みたいで、兄も全く知らないらしいです」
「君たちなかなかエグい人生送ってんねぇ!」大きな明るい声が言う。パスは親の記憶がないもんで、あまり重々しく扱われるよりはそれぐらいが気楽だった。
「君お兄さんに感謝しなぁ、いい学校入れてもらってるよ。兄貴孝行するんだぞ?」
「はい! 頑張って恩返しします」
パスが意気込んで言うと、メイデイは優しく笑った。それから、エルディアの方へ目をやる。
「なぁ、君のことも知りたいな」
エルディアがメイデイを見上げて首を振り、筆談用の手帳を見せると、「どうして話せないんだ?」と無邪気な声で言う。
「彼女は、『筆』が声で、今はまだ制御の練習中なんです」
「ああ……それは難儀だね。でも私の幼馴染は二人ともすぐインクを止められるようになってたから、きっと大丈夫だよ」
シャッターの真下まで来て、メイデイが広い工房の中をきょろきょろする。
「フゼル! ベラ! ちょっと来てくれ!」




