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緑色 2-6

「みんな始めは制御ができないようだ。かつ……特殊なはたらき方をする筆は制御を習得しづらい傾向にある。『声』もしかり、うちの子のフルートとかな。ビアー、例えばお前は、インクの制御をどうやって得た?」


「あ?」手慰みに薪の一本を緑色の小刀で彫っていたビアーが顔を上げる。ちょうど、彼はインクを出さずに筆を扱っていた。「……手が汚れるからいらねぇと思ったら、できた」


「頼りにならんなぁ」


「は?」


「まぁ、大方その通り。『筆』はあくまで筆であって、〝色〟は血と同じように俺たちの体の中を巡っている……例えば俺の双剣だと、筆と手が見えないパイプで繋がっていて、そこからインクが筆に供給されると考えるんだ。そのパイプのバルブを閉めて、色が体の外へ出ないようにする。意識して……そうだなぁ、君の出身は?」


「……マデルの、方」


 力が入って強張った声が芝生を舐めるように塗り替えていく。


「くっ」あまり遠出ができないイーセルは地理に弱かった。「聞いたことがないから、ここらへんじゃないな?」


「南寄りの盆地のところだな、マデル」


 ビアーが補足すると、エルディアが目だけそちらを向けて頷く。「お袋の田舎がその辺の村なんだよ、行ったことある」


「そういえば、お父様って……」ずっと興味があったパスが思わず言う。


「ああ、親父は日本人……って、俺が話してる場合じゃないだろ」


「あなたは、いつリーデルに?」


 顔を背けて話すのはなんとも落ち着かない。「私は最近まであなたの話を聞いたことがなかったわ」


「何年前だ?」ビアーが瞳を斜め上に転がして数え始める。「俺が十六のときだから……」


「ここが緑色になったのは八年前ですね」


「さすがオタク、気持ちわりぃ」


「そんなぁ」


「イーセルは?」


 エルディアが不意に言うと、彼は驚いたように眉を上げて「俺は生まれつきだった」とすぐに答える。


「生まれつき」


 三人の声が重なった。


「なんだ」


「私、あっ……」一言だけ普通に話せて、エルディアは思わず声を漏らした。「……私は何人かリーデルに会ったけど、先天性には初めて会ったわ」


「俺もあまり聞かないな」イーセル自身も頷きながら同意した。


「モノクロームからリーデルになられる瞬間ってどんな感じなんですか」


 パスがわくわくと言って、後天性の二人は思い出すために斜め上の虚空を見た。


「私は学校の談話室にいたときだったわ。突然私を見た人がパニックになって、『どうしたの?』って言ったら、周囲が黄色に染まったの。どうにか学校から逃げ出したけど、通報されたせいで警官と奴隷商が追って来てた。そう……マデルに家があるけど、リノクォルの学校の寮にいたのよ。それでパスに会ったの」


 彼女の見る方向は扇状に黄色でべた塗りされていたけれど、新しく色が塗られるとかすかに光の波が立ってわかった。一言二言ならうまくいっても、まだ制御する感覚というのは掴めない。


「俺は夜中一人で部屋にいるときに、暇だったから彫刻でもするかって急に浮かんで、それじゃあやろうって思ったときには手に持ってた」木彫りをする小刀を軽く掲げて見せる。「なんとか騒ぐ前に状況把握できて、火打ち石やら服やらサバイバルできそうなもん持って近くの山に逃げた感じだな」


「火打ち石なんていまどきよくあったな、マッチやライターならどの家にもあるだろうが……」


「元は親父のものでさ、よく庭で魚焼いたりしてたんだよ。親父が死んで俺が持ってたのを思い出した。着物と、まぁ笠と草履も、形見衣装なんだ」


「ほおー」


「おい!」ビアーが突然怒鳴ってイーセルに木をぶん投げた。「俺は別にファザコンじゃねぇからな! 着物はそのとき着てたから持ってるだけでわざわざ持ってきたわけじゃねぇし!」


「何も言ってないぞ」イーセルは受け止めた衝撃で角の折れてしまった鹿の人形を持ち主に差し出した。「角が折れてかわいそうじゃないか~」


「メスにするわッ」ビアーが鹿をひったくる。


「……パス」


 エルディアが空を見上げて言う。パスは反射的に自分の腕時計を見たけれど、夕飯の時間にはまだ早い。


「雨が降りそうだわ」


「え」


 その瞬間、ぱらぱらと四人の髪を小さな雨が濡らし始めた。せっかく三色で贅沢に塗られていた芝生がまだらに消え始めるのに、パスは慌ててかまどの近くに置いている自分のバッグに飛びついた。ごそごそとスクラップ帳を探しているうちに雨足は強くなって、「パス、諦めろ」と強制的に持ち上げられる。男の子は赤色と黄色のインクをコレクションすることができずに、ちょっと泣いた。二人は補填はしてくれなかった。


    *


「あ……ごめん兄さん、雨宿りしてから帰ったから遅くなっちゃった」


 二人は日が暮れるころにやっと家へ帰って、面倒くさそうにキッチンに立つシアに恨めしげに睨まれた。今日はパスが夕飯の当番だったのだ。パスは上着とバッグを一旦適当な場所に置いて、腕まくりしながらキッチンに飛んでいく。


「ごめん、手伝うから許してよぅ。何作ってるの?」


 エルディアはほかの家事ならできるけれど、料理だけは親の手伝いしかしたことがなかった。狭いキッチンが兄弟で埋まっているのをしばらくうろうろと眺めたあと、諦めてパスの上着とバッグを代わりに部屋へ持って行く。


「サンドイッチ」


「こら! 二階に持って行って食べようとしてたでしょ! ダメだよ、僕今からスープ作るからね。あと、サンドイッチにお肉入れてよ……」


 ぷぐぅ、とパスは突然頬を掴まれて変な声を漏らした。怪訝な顔をしたシアに顔を覗き込まれて、「まに?」と間抜けな声を上げながら身をよじる。


「……いや」


 そう言ってシアは手を離して、パスが首を傾げている間にトマトを輪切りにする。半端に残ったお尻の部分を食べて、頭の部分を傾いたままのパスの口に押し込んだ。


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