赤色 1-1
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リーデルの海賊グループついに逮捕
地中海で活動し、強盗を繰り返していたリーデルの犯罪グループ、通称アビリトが商船に侵入したところを乗組員に拘束されカナネル港にて警察に引き渡された。アビリトのメンバーである蜥蜴色、紫色、白群色は七月以降にオークションにかけられる予定である。
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赤色リーデルに注意!
赤色を持ったリーデルが子どもに話しかけたという通報が増えています。誘拐や暴行の可能性がありますので、子どもを一人、または子どもだけの状況にさせないように注意してください。
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緑色のリーデルはまたも見つからず
八年前に突如緑色で染め上げられたユクラ山に。八日、再度警察が捜索に入った。しかし二日に及ぶ全域の捜索が行われたにも関わらず、緑色のリーデルは見つからなかった。放棄された山小屋には使われた形跡があり、警察は寝具や食料などを二十点押収した。ユクラ山に住み着いているリーデルの目撃情報はいまだないが、緑色に塗られている木のほとんどに彫刻が残されていることから、小刀などの刃物が筆だと推測されている。
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捜索願
青色のリーデルをロエノス王子が探されています。所有している者、発見した者は直ちに警察及び王宮に名乗り出て青色を引き渡しなさい。
引き渡しの際その扱いについてけして王子まで侮辱するようなことのないよう。
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パス、と呼ぶ声とともに、いくつもの切り抜き記事が貼られたスクラップ帳が勢いよく閉じられる。ベッドに仰向けになって読書していた白髪の少年は、飛び跳ねるように身を翻してうずくまった体勢になった。体の下にスクラップ帳を庇って、鈍い動きで部屋の扉を振り返る。
「ノ、ノックしてよ」
肩で息をしながら引きつった笑みを浮かべた。朝食に呼びに来たシアの冷えた視線に刺され、パスは一層強くスクラップ帳を抱きしめる。彼が新聞に目を通す前にパスが紙面に穴を作ることがあるので、シアはいつも仕返しにパスのスクラップ帳を燃やそうと画策しているのだ。
「ノックはした。つまらない趣味もいい加減にしろ」
「つ……つまらなくないし……」
呟くように弱々しく言い返すと、パスは子鹿を思わせる華奢な体を丸め、兄を手で追い払った。丸く流れる真っ白い髪がさらりとシーツにたわむ。
「着替えるから! あっち行ってて!」
呆れたような冷たいため息を残して兄が扉を閉めると、パスはいそいそとスクラップ帳に厚紙で作った偽物の表紙を被せ、本棚の隅に収めた。くたっとした半袖の上下をおろしたての洋服に着替え、お下がりのコートとマフラーを抱えて部屋を飛び出す。
「それじゃ寒いんじゃないか」
先に食事を始めていたシアに言われるけれど、構わない。この人はパスが恥ずかしながら大人の男性に憧れてみたところで、それに気づかない鈍感人間なのがいいところだった。パスは椅子の背中に少し薄手のコートをかけて、席につきながら妙な優越感に口元をもごもごさせた。シアが怪訝そうに眉を上げたのに、耐え切れずににやにやと笑う。
「……」しかし、弟の様子がおかしいのはいつものことだ。「今日の予定はちゃんと覚えているんだろうな」
「もちろん! 教会のミサへ行ってから、そのあと学校へ行くんでしょう?」
なんで聞いたの。──バカみたいな顔をしていたものだから。普段ならしばらく口を利いてあげないところだが、今日のパスはとびきり機嫌がよかった。
「いいよ! 今日は僕の誕生日プラス、おでかけ解禁の日だからね」
生まれつき体が弱かったパスは家の外に出たり、激しい運動をするのを医師に制限されていた。今までは兄のツテで家庭教師を呼んでもらえたので、一般市民ながら上等な子のように家の中で教育を受けたのだが、成長して体調が安定したため一年遅れで高等学校へ通うことになった。唯一義務教育の範囲を終えても授業を頼んでいた語学教師に、翻訳などを仕事にするために大学進学を勧められたのだ。人生でわくわくしたことランキングぶっちぎりの一位の興奮で、パスは今日、いつにもましてテンションがおかしい。
「それにしても、兄さんが教会に通ってるとは知らなかったなぁ、神も仏もいないってよく言うし」
「いるもんか、それならなぜ法がある?」パスがわざと触れた禁句に、シアは見事に引っかかって顔をしかめた。淡々とした声に抑揚がつき、大げさに語る。「死んだあとがなんだ、死んだら人間はものだろうが」
「知り合いのシスターってどんな人なの?」
自分から仕掛けたにも関わらず、何百回聞いた文言を丸々無視してパスが問いかける。
「……僕が子どものころから長くお世話になっている人だ。お前のことを相談したりもしていた」
「へぇ、じゃあ僕もすごくお世話になった人なんだね」
パスを産んだ直後に体調を崩して、二人は母親を亡くしていた。父親もおらず、周りに頼れる大人はほとんどいなかったと聞いていたから、パスは親戚に会いに行くような親密な気持ちになる。
「それから、言っておかなきゃいけないことがある」
シアが不意にパスを睨むように見つめて、パスはきょとんと首を傾げた。
「その教会によく出没するリーデルがいるが、もしいても絶対に話しかけたりするなよ」
「ええっ! 何色の人!?」
食い気味に言って目を輝かせるパスにため息をついて、「赤色」とシアが言う。悲鳴のような言葉にならない叫び声が食卓に響く。
リーデルとは、このモノクロの世界で唯一固有の〝色〟を持つ人々のことだ。血筋や地域に関係なく一般人の中から突発的に生まれ、頭髪と虹彩にそれぞれひとつの色を示し、剣や銃、声など色を操るための顕現自在な〝筆〟をひとつ持った、『魔女の子ども』。
本来は白と黒の色調に統一された世界を汚す存在として残酷な扱いを受けながら生きる人々で、パスのようなポジティブなイメージを持つ人間は〝かなりいかれてるやつ〟だ。
「赤色って言ったら、〝赤色の英雄〟でしょ! 神出鬼没で、筆の双剣で悪を斬る、嫌われながらも正義を通す超かっこいいリーデル!!」「だいぶ神聖化されてるな」「え! じゃあ、新聞に載ってた聖地に今日行くってこと!?」
パスはなんなら、外出へのうきうきより興奮して悲鳴を上げた。そのリーデルに関する記事は全部スクラップしているし、市民への攻撃と書かれてしまうけれど、空き巣やスリの犯人を捕らえるなど彼が善行をしているのもパスはわかっている。その人を直に見られるなんて、はぁはぁ、もしかしたら話せるかも……。
「万が一にも喋らせないぞ」
頬を真っ灰にして鼻息を荒くする弟になにかを察したか、シアが声を低くして言う。
「やだ」
「頭がおかしいやつを連れてると思われるのは勘弁だ。それに教会には知り合いがいるんだぞ、頼むから僕に恥をかかせないでくれ。家に帰ったら好きに騒いでいい」
パスのリーデルオタクに理解のないシアもその興奮ぐあいに押されたのか、普段なら許さないだろうことを懇願するように交換条件に出す。パスはそれを呑み、スープを飲み干した。
「ごちそうさま!」
元気よく言って食器を持ち上げ、キッチンに下げる。洗うのは帰ってからだ。パスはそのままコートとマフラーを取って玄関へ行った。そこに置かれた姿見を使って、自分が上品な灰色のコートを身につけた姿をじっくりと見る。ぴんと裾を引っ張ってしわを伸ばし、ついでに寝転びながら記事を読んでいたせいで寝癖のついていた髪を撫でつけた。
遅れて玄関に現れたシアが、寝癖に翻弄されている弟を無表情に見て後ろを通る。パスは慌てて彼が靴を履く隣でスリッパを脱いだ。兄は相変わらず意地悪のようにパスよりひとつ早く動き、玄関扉を開く。
「行くぞ」
「待ってよぅ」
シアは先に扉を引き開け、扉を押さえてパスに顎で出るよう促す。十七年間兄が出て行くところを見送った黒く厚い扉が初めてパスのために開かれたのに感動して、彼はゆっくり深呼吸すると、大股に外へ踏み出した。
かつっ、と固いブーツが初めて黒いレンガを踏み、軽く美しい音を立てる。
「……~~~っ!!」