老僧の歌
—— 静かな悲しみ、聖なるもの、人の優しさについての物語
古い教会の鐘が、朝霧の中に重く響いた。冷たい薄明かりの中、その音はまるで穏やかな戒めのように、小さな湖のほとりに広がる町を包んだ。冬はあたりを淡い沈黙で覆い尽くし、空気にはかすかな冷たさが漂っていた。
その静寂の中、古い修道院の壁に囲まれて、一人の老いた修道士、ラファエルが狭い木の椅子に座っていた。彼の背は曲がり、手は年齢がもたらす静かな謙虚さとともに祈りの形に組まれていた。粗末な木の机に置かれた蝋燭が揺らめき、外の風が窓をかすかに震わせていた。
ラファエルは、この修道院に残された最後の修道士だった。かつてここは活気に満ちていた。若い修道志願者たちの声が廊下に響き、年長の修道士たちは分厚い書物に目を落としていた。しかし、時の流れは無情だった。疫病が訪れ、戦争が犠牲を奪い、多くの者が町へと下り、別の生き方を求めて去っていった。今や、彼一人だけが残された。かつての時代を覚えている者は、もうどこにもいなかった。
それでも彼は毎朝鐘を鳴らし、乾いたパンとチーズで質素な朝食を整え、聖人の像の前に蝋燭を灯した。町の人々が訪れることはほとんどなかった。ときおり、老いた商人が静かに蝋燭をともしたり、幼い子を抱えた母親が祈りに訪れたりする程度だった。しかし、それで十分だった。
そんなある朝、雪が静かに降るなか、一人の男が修道院の門を叩いた。彼の顔は寒さに赤く染まり、目には疲れの影が漂っていた。擦り切れたコートを身にまとい、幼い少年を抱えていた。少年はまだ五歳にも満たないほどの幼さだった。
「修道士様……」男はしわがれた声で言った。「私は音楽家です。もう何も持っていません。家も、お金も……妻は病院で病に伏せています。これは私の息子、エリアスです。私は彼を養えません。どうか……預かってください。」
ラファエルは、震える少年を見つめた。痩せ細った顔、こけた頬。しかし、彼の大きな瞳には生気が宿っていた。ラファエルは自分がもう長くは生きられないことを悟っていた。だが、それでもこの子を見捨てることはできなかった。
「おいで。」彼は優しく言い、エリアスの手を取った。
こうして、少年は修道院に留まることになった。
時が流れ、冬は少しずつその姿を消していった。エリアスは古びた修道院に新しい命を吹き込んだ。長い廊下を駆け回り、図書館の高い本棚を見上げ、ラファエルが語る聖書の物語に耳を傾けた。老僧は彼に文字を教え、蝋燭の作り方を教えた。朝になると、二人で湖まで歩き、昇る朝日に祈りを捧げた。
やがて、少年は笑うようになった。そして、長い沈黙のなかに生きてきたラファエルも、久しぶりに微笑んだ。
—— だが、幸福は永遠には続かない。
ある晩、ラファエルはこれまでにない倦怠を覚えた。手が震え、祈りの書を持つことさえ難しくなった。寒さは骨の奥深くまで染み込み、視界が霞んでいくのを感じた。
彼は悟った。自分の時が来たのだと。
その夜、ラファエルはエリアスを呼び寄せた。少年は以前よりも逞しく、健康的になっていた。ベッドのそばに座ると、老僧は微かに微笑んだ。
「エリアス……よく聞くのだ。」彼は囁いた。「お前は神の子だ。お前の心には光がある。どんなに人生が苦しくとも、その光を失ってはならない。怒りや恐れに心を奪われるな。愛を忘れるな。いつでも、どんなときも。」
少年はこくりと頷いた。大きな瞳には涙が光っていた。
「また会える?」彼は震える声で尋ねた。
ラファエルは弱々しく微笑んだ。「それは……神のみぞ知る。」
その夜、鐘の音が遠く響くなか、ラファエルは静かにこの世を去った。
春が訪れ、雪は解けた。エリアスは修道院に留まることなく、町へと戻った。病から回復した母と再会し、新しい人生を歩み始めた。
時が経ち、彼は成長した。そして、いつまでもラファエルの言葉を胸に刻んでいた。
人の優しさは、決して消えない。
それは微笑みの中に、生まれ、
助け合う手の中に、受け継がれ、
祈りの中に、静かに息づいている。
そしてある朝、湖の向こうに金色の陽が昇るとき、町にひとつの歌が響いた。
それは、若き音楽家の奏でる旋律。
悲しみと、聖なる愛に満ちた、
静かなる祈りのような歌。
それは、ラファエルの歌だった。
—— 終 ——
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最初、投稿したときのタイトルは「最強の老僧、死ぬ間際に拾った少年とともに奇跡の修道院ライフを送ることに決めた」でした。