永禄2年/準備
「猫天丸様~?相老様が石切り場の件についてご相談に参ったそうです。」
あらお貞ちゃんありがとう。最近出来ることが増えたのはいいけど忙しくって参ったねこりゃ。
ToDoリストを脳内に浮かべながらその一つが動き出したのを喜ばしく思う。
まともに意思疎通ができるって幸せ。
だがまだ馬のったり遠出するような体力がないため全部他人任せだ。
「茶室へ通しますので猫天丸様はこちらへ。」
言うやいなや俺の体をひょいっと持ち上げ早歩きしだす。
「…。お貞、主君を物のように扱うのは如何なものだ?」
「あたしは猫天丸様を敬ってますよ。ただ、何事も効率が優先されるのだと仰ったのは猫天丸様じゃないですか。」
「言ったけどさ、歩くの遅いから運んでくれっていつも言うけどさ、でも俺が言うのとお貞ちゃんが先にやるのじゃ意味が違うでしょ?」
「はいはい、不敬ですね。相老様と会談の後は治部大輔様達と会合と伺ってます。時間がありませんのでこのまま行きますよ。」
ぐぬぬ、最近お貞ちゃんがクッソ生意気で腹が立ちますよ~。
でも結構有能なおかげで、必要な時は形式的なものも用意できるハイパー侍女なんだよな。
ママンはこれを見越してお貞ちゃんを身の回りを任せていたのかもしれない。
ありがとうママン。大事に使うね。
それにしてもママンが亡くなってからお貞ちゃんは変わった。
地位的には下女だったんだが侍女になった。
元々は日銭の為に岩松家に奉公に来ていたのだが、神社出身って事が分かって、ある程度礼儀作法などが詳しいし。
なにより俺のことも長い間世話してきたからか、侍女としての役割を任されたのだ。
そして俺にべったりなのだ。これあれだろ、惚れたろ?チーレム(チートハーレム)ですねわかります。ぐへへ。
閑話休題、石切り場の件だったな。これはコンクリートを作成するためにセメントの材料を探していたんだが、現代で言う旧藪塚本町の茶臼山に石切り場があって、そこの石が白かった事を思い出したので成分分析してみたら高純度の石灰石った。
そしてその茶臼の向こうの阿左美沼には赤土があって、高純度の珪石がある。
んで、その石をどうするとコンクリートに出来るんだっけ?
【コンクリートはセメント:砂:砂利を混ぜ合わせ水を加えることによって加工出来ます。また、材料となるものは石灰石、粘土、珪石、酸化鉄です。これらを細かく砕いて混ざ合わせたものを焼き「クリンカー」を作成し粉末にしたものがセメントになります。】
ということで自然のコンクリート工場の原型がこの辺にはあるって事なんだよね。
その石切り場の労働力として、賦役に農民を使いたかったから色々手配してたんだけどその件かな?
茶室に入り、しばし待つとニヤニヤした厳ついおっさんが入って来た。
「相老源五郎でございます。」
「猫天丸です。本日はお忙しい中ありがとうございます。石切り場の賦役のご相談との事ですが、相老殿の方でおまとめ頂いてたと記憶していましたが何かございましたか?」
ニヤニヤが止まった。なんかつまらなそうな顔をしている。
「────いや、折角の気品高き白石を砕いてしまうのは、どうなのかと話題になりましてな。」
「白い石が欲しいなら色を塗ればよろしい、私が欲しいのはその石が持つ特性なので。」
「────特性?」
「その石を使って形状を変える不思議な石を作りますので、最近議題に上がっている市場城の築城にもお役に立てるかと。」
「なるほど、では阿左美の茶石も同様に砕いてしまっても良いという話でしたが、それでも構わんということで?」
「ええ、あとは職人に委細を伝えておきますので問題ありません。ありがとうございます。」
「────────。っふ、童故に好きにさせよとのご指示だったが、どうやら────。」
「ええ、何もできない童ですので、ご助力頂けると助かります。」
「────まぁいい、承った。失礼いたす。」
サラリーマン舐めんなボケがぁ!さっきまでのニヤニヤはどこ行ったのか、何か真顔で出ていく相老を見送る。
あれか、態々お願いされたから取り立てて貰えるとか思ってたのかな。
そうじゃないと分かって、普通に仕事の話をして終わったけど、話の分からない奴だとおもったかもね。
しょうがないんだよね、公的には岩松家の方が家名が上だし、むしろ主君家の嫡男だ。
それががあんな下からお願いする形を取るなんて、舐められても仕方ないんだけども。
相老を始めとした横瀬氏側の家臣団には、実績が出来るまで下手に出るしかない。
時代に則してえらそーに対応して拒否されて、政治状況不安定な中で拒否される前例を作ってみろ、それこそ死活問題だ。
こういう年貢の管理とか重要な役職は全部横瀬派だ。
実績を積み上げるためには横瀬派の力が必要だ。
パパンと岩松派の勢力はロビー活動と外部政治で忙しいらしい。
というか、俺たちは偉いからって言って何もしてねぇのが正しい。
横瀬成繁が実権を取ったのか、実権ある奴らが岩松から離れたのか分からないけど。
横瀬派の家臣に頼むしかないんだよねぇ色々と。
そして命令って形で指示していたら、その命に背くって事は対立するって事だ。
敵作りたくないし、だから断られてもいい様にお願いの形取っているのだ。
俺の事を御しやすしと見做して傀儡にする方向へシフトしてくれないかなぁっていう浅知恵でもある。
頭を下げるだけで物理的に頭とられる可能性が下がるならいくらでも下げるさ。
「治部大輔様が広間でお待ちです。ささ、早く行きますよ。」
ドナドナドーナー♪とお貞に運ばれていく。あー会いたくねえ。
かといって会わないわけにもいかない。この後の関東は戦地になるのだ。
現在この上野之国にある新田金山城を影響力的に支配しているのは北条家だ。
山内上杉氏が関東管領職であり、近年までは山内上杉領だったのだが。
しかしそこを攻める北条と武田って図式がずーっと続いている最中である。
最近は甲斐武田家と北条家が上杉家と争っており、川中島の戦いやら河越城の戦いにより上杉家の領域は縮小傾向にある。
越後平野と関東平野の通り道で戦略的重要地にもかかわらず放置されてる理由としては、東上野と下野で力を持っていた足利氏の衰退も大きい。
河越城の戦いにより、上杉足利軍は大打撃を受けており、その権威は失墜。
今は公家気取りで武家としての行動が少なく、古賀公方として、ただ残ってるだけ。
戦う力が残ってないので戦力的に重要視されず、ただの通り道になっている。
東上野はそれら全ての力のある勢力の本拠と距離があるため、比較的平和だったのだ。
「失礼いたします。猫天丸様をお連れ致しました。」
そんな考えを巡らせていたらいつの間にか大広間に着いていた。
ってすげーいっぱい人居る。まるで評定みたいだわ。評定って正月にやるもんじゃないの?
【評定とは、主に大名や家中を集め行われる会合や評議をの事を言います。この場では政治的な判断や軍事行動などの指針が決められる重要な会議を指します。主に正月などの家臣団が集まる時期に行われるものを正月評定と言い、その他政治的判断や軍事的理由で評定が行われることもありました。】
つまりそのどちらかかの問題が発生したって事ね。会合って言ってたのに。
上座にはパパンが座っており、その近くに寄ろうとした時、手招きしている人物が目に付く。
げぇっ!妙印尼!!(銅鑼の音)
どうしたらいい、絶対罠だろ。
妙印尼に敵意はないと、カモフラージュするために応じた方がいいのか。
それとも気づかなかったフリをして、そのまま席に着いた方がいいのか。
基本的には目上の人間に対して用事がある場合、話す場を設けてから目上の沙汰を待ち、それで初めて話すことが出来る。
それなのにそれをすっ飛ばして、手招きっていうある意味下に見てるものを呼ぶ時の行動で、こちらを呼んでいるんだ。
損得勘定が周り答えを出す。いや、別に上座に行く途中に何か用か尋ねればいいんじゃね。
名目上、岩松が主君だが、相手はほぼ実権を握ってる横瀬家の奥方だ、無碍にするのもおかしい、応答だけして上座に行けば間違った事にはならんか。
覚悟して立ち止まり、声をかける。
「何か用か、妙印尼殿。」
「いえ、我らが次期当主殿は最近忙しそうにしていました故に、お顔も拝見できませんでしたので。」
「その事か、お主等には苦労を掛けるが、岩松のため、ひいては新田金山のためだ。頼んだぞ。」
「ええ、ぬかりなく。わたくしたちはあなた様のご成長を願っております故。」
ダルすぎぃ!?え?なに?俺が政治的ミスをしないか仕掛けてきたって事?
【この状況において、以下のように考えられます。
1,交友関係の主張:自分は主家と公私において親しいという事を見せつけ、政治的に優れていることを証明しようとしている可能性があります。
2,支持の表明:評定などの多数の思惑がある場所では次期当主へ声をかけることによりそのものの派閥であるという事を示唆することになります。
3:特別感の演出:このような礼儀をわきまえない行動と取られかねない行動は、それを度外視すると言った主張にもみられます。
4,失言への期待:幼い猫天丸であれば間違った行動や失言をする可能性があります。失言した場合評定という公の場で恥をかかせることが出来ます。】
ぜってー4だろ。あぶねーBBAだな。そそくさと上座へ着く。
何が目的だったかわからねぇが軽い世間話で終わってよかった。
どこに地雷があるか分からない中での会話なんてしたくねえよ。
確かこの頃、史実では横瀬成繁は京の方から鉄砲を貰ってたはず。
それを使って主権を奪取したのか、もう既に主権を握っていたから貰ったのかは定かじゃない。
そんな状態の横瀬に下手な刺激与えたくねえんすけど!
会話を切って俺が席に着いたのを確認したのか、パパンが立ち上がり宣言する。
「これより評定を始める。何かあるか。横瀬殿。」
「は、まずは最近鳥山では流民が増え賊の出没が報告されています。そのため兵を50程頂きたく。」
「うむ、許可する。他には。」
そう言えばこの年代に天文の大飢饉の影響で田畑が荒れ、更に戦乱が起こったために関東地方では弘治の飢饉が起こるのか。
流民って言ってたけど、貴重な労働力だ。
取り込めねぇかな。今後何やって行くにも人手は必要だ。
居住地としての候補はあそこだ、藪塚、既にコンクリート産業で仕事もある。
藪塚という土地は平野部は現時点だと本当に藪しかねえ荒地だ。
住んでいるのは農民の一個下の人たち。
穢多は江戸時代の言葉だが、まぁそういう人たちが多い地域って事だ。
稲作に必要な川から丁度遠く、稲作に向かないために開発もまばらで、土地はあり余ってる。
なんなら開発時に噛ませてもらえば区画整備まで出来そうだし俺のやりたい産業の工場を作りたいだけ作れる。
後でかけあっておくか。
「北条の手の者から上杉が動き出すのではないかという話が出ている。」
「それは新田金山まで来ると言う事か?先の戦においては沼田まで失い権勢は失墜したものと思っておったが。」
「その上杉本人が来るそうです。」
「謙信公がか?」
「そのようです。」
そこまでの会話でがやがや辺りがうるさくなる。
あー乱世乱世。本来の歴史であれば小田原まで行くからなこれ。
新田金山は通り道にはならないがものの、ついでに踏みつぶされても困る。
確か史実では由良氏が蝙蝠してたが、実際そうするのがベターだよな。
周りの声を聞くと岩松派は上杉、横瀬派は北条に付きたがって割れてる。
どっちの意見も分かるマーン。(デビルマン)
関東縦断するほどのとんでもない武力を持ってる激ヤバ謙信なんか相手にしたくない。
補給線の確保のために下野まで支配領域を伸ばすはずだ。
かといって敵が多い謙信は関東に掛かり切り、とは行かない。
それに攻勢限界っぽいんだよね、小田原攻めはこの後も何回か失敗する。
豊臣が来るまで北条氏が関東を支配していたはずだから北条に付いておけば間違いないのも分かる。
「────よろしいか、諸君。」
もはや喧嘩になりそうな雰囲気の中その通る声でBBAが静かに一喝した。
「よもやこの場に居るものは誰の判断を仰がねばゆかぬか、忘れているらしい。」
「女子が戦に口を挟むでないわ!我らが岩松は関東管領様に従うのみ!北条など捨て置けばよいのだ!」
「何を!言いましたな!主には忠義というものは無いのか!時代は北条殿だと言っておるのだ!!」
「その方の言葉で言えば関東管領様を裏切っているという見かたになるが、現状をどう見ておるのだ!その言は御家批判ですぞ!」
「今は辛酸を舐めているに過ぎない!故に忠義を立てるべきだと言っておるのだ!」
わー地獄絵図。家臣団が真っ二つに割れてパパンも困っているじゃあないか。
そんな中、妙印尼が言った一言で辺りが静まり返る。
「静まれ!わたくしが言いたいのは猫天丸様がどのようにお考えかと聞いておるのだ!」
…っえ、俺ェ?
【はい、この状況での猫天丸はあなた以外居ないと判断できます。】
まぁそうだろうけど、いや違くてさぁ!
なんで俺になるねん、こういう場合は一応名目上岩松家ご当主様であらせられるパパンじが判断するべきで。
そこに実質支配してる横瀬成繁が口を挟むくらいが落とし所でいいんじゃないのぉ!?
【はい。その考え方も肯定できます。しかし、妙印尼の思惑には以下のような意図が含まれていると思われます。
1,大義名分の踏襲:岩松家が存続している理由として次期当主が元服するまで横瀬家が摂政をしているという事実があります。それのため、実際には横瀬家の言い分が通るものとし、便宜上猫天丸の意向を汲む姿勢を見せている可能性があります。
2,政治的視野:先程のように罠の可能性がある行為をする人物ですので、あなたの失言を狙っている。もしくは仕組んでいる可能性があります。
3,中立的意見へのけん制:あなたはどちらの陣営とも言えない立場の人間への退避場所になる可能性がありますので、それを先に立場を表明させる事によって潰そうという狙いがあるかもしれません。
4:純粋な疑念:岩松守純は実権を失っており、横瀬成繁は立場を表明しています。なのであなたの意見を参考にしたいと思ったかもしれません。】
2ですね間違いない。
どうすればいいんだ?何すればいい?どう答えるのが正解だ?
俺の意見は決まってる、一旦上杉について北条が盛り返したら北条に付く。
しかしそんなこと家臣団の前で言ったら政治的立場がマズい。
日和見主義者だの忠義心がないだの言われるに違いない。
まさかそれを狙っている?しかし。
【このような状況では以下のアプローチが有効かもしれません。
1,自分の意見の根拠を示す:理由を話せば双方理解してもらえるかもしれません。
2,段階的にアプローチする:少しずつ分かりあいましょう。この部分についてどう思いますか?などの歩み寄りが大切です。
3、信頼できる人のサポートを待つ:お貞のような信頼してもよいと思っている人物によるサポートを待ってみるのも良いかもしれません。
このように意見を表明する際は慎重になってしまうかもしれませんが、状況や相手の気持ちを考えて信用を失わない様にコミュニケーションを取ることが重要です。】
お説教は要らねえんだよ!ちくしょう!そんなこと分かってるさ!
あのBBA何考えてやがる、おい、何得意げな顔してやがる!
やってやったぜって顔してやがんじゃねーよ!他の家臣も固唾をのんでるしよぉ。
あーもうこうなったらやぶれかぶれだ!しーらね。
「────。私はな、確かに時代は北条氏だと思う。」
横瀬派から「おぉ」とか「やはり妙印尼様が」とか聞こえる。
「しかし、我が新田金山は祖父の失態を経て混乱期にある。故に戦乱へ参加するなど無謀もいい所だ。」
岩松派からは何も聞こえない。
「よって我らは、上杉に恭順するが、北条への裏切りではなく、刃を研ぐ時間を稼ぐ!
この混乱を収め、刃が研ぎ終わったあかつきには我ら岩松の名を世に広めようぞ!
横瀬、苦労を掛けるが頼むぞ。」
「────。ハハっ!」
苦虫を噛みつぶしたような顔で横瀬成繁が頭を下げる。
横に居る妙印尼は表情が読めないが顔が怖い。
いーや間違ってないはず、日和った事言ったけどこのくらい勇猛な意見言っとけばそれに隠れるはずだし。
岩松派の策を取ったと思われない様に横瀬成繁に言葉掛けたし。
それに世に知らしめるって色んな方法あるしね!
「────────。」
評定が行われている大広間は静まり返っている。
「ほ、他にはないか!ないな!では解散とする!」
おィ!何が不満だってんだよ!
一人、一人とポツポツ席を立っていく家臣たちを見ながら考える。
やっぱ世間知らずなおこちゃまだと思われたか、まぁいい侮ってくれた方がこちらもやりやすい。
そうなると当分は実績を積んでアピールタイムだな。
考え事をしていたら残っているのは俺と横瀬成繁とその側近だけになってた。
おいパパン薄情だな、こんな幼い子供おいて自分だけ帰っちゃうなんて。
てかやっべえ横瀬成繁がすげえ目でこっち睨んでる。
にーげよ。
「どうなっておる、妙印尼。」
「わたくしには、どうにも。」
なんか悪だくみしてるし関わらんとこ、サラバダー!
大広間を出たらお貞ちゃんが待っていてくれた。
おお、愛しのマイハニー!待っていてくれたか。
「猫天丸様は凄いですね、あたしにはちっとも分かりませんでした。」
「聞いていたのか?いや、なるようになるだろう、という事だ。」
「────。そうなんですね。」
お貞ちゃん目の奥が笑ってないよ、パンクしちゃったのかな。
この頃の関東は上杉と北条のスプラトゥーンです。
塗ったら塗り替えされてを繰り返しています。